その⑩
佐藤圭太。コイツはいつもそうだった。自分の蠅を追っておけばいいのに、人の蠅までも追いたがる。だから、クラスではあまり好かれていなかった。だけど、彼の言っていることは正しかった。だから、反論できなかった。
「これはオレの最後の忠告だぜ。お前は小説家になれない。才能が無いんだよ。だから、諦めて勉強しな。大学行って、就職活動すれば、食うに困らなくなる。誰だってそうしているんだよ。その方が、『楽』なんだよ」
佐藤圭太は僕の横を通り過ぎるとき、肩をぽんっと叩いた。
「これから、企業の部長と食事があるんだ。気に入られたら、内定をもらえるかもしれん。お前もせいぜい頑張るんだな。くだらない物書きをな」
そして、さっき買ったビジネス書をパタパタと振りながら、歩いていってしまった。
「………」
遠ざかる彼のスーツをぼーっと眺めていると、背後から話しかけられた。
「ヒイラギくん?」
どいつもこいつも、背後から話しかけるなっての。
「何?」
若干イラついた口調で振り返る。
杖を突いた林道美桜は、びくっとして、半歩下がった。
「…どうしたの? 不機嫌な顔しちゃってさ」
「いや、何でもない。それよりどうしたの?」
「あ、いや、神宮寺さんが『食事でもどうか?』って電話してきて。ついさっき、会議が終わったみたいでね。今から駅前に待ち合わせなんだけど」
「そう…」
僕はそっけなく頷いた。
「楽しんでおいでよ」
「いや、だから、ヒイラギくんも誘っているんだよ」
「僕は部外者だよ。その場にいる必要は無い」
僕は肩を竦めた。
「もういいだろう? 付き添いの用事が終わったんだ。疲れたからもう帰る。林道は編集の金で美味い物を食い溜めておけよ。ここから先、もっと忙しくなるぞ?」
「いや、ちょっと」
無視して歩く。
「ああ、もう! この嫉妬男!」
「なんだよ…」
聞き捨てならず、思わず振り返ってしまった。
林道美桜はいつものように顔を真っ赤にして僕を睨んでいる。
僕は涼しい顔を装って言った。
「なんだよ、言えよ」
「おら…」
林道美桜が持っていた紙袋を僕に向かって投げつけた。
受け止めきれず、思わず地面に落としてしまった。
倒れた紙袋から、辞書や小説、文房具などがドサッ! と零れる。
「…店長さんから。お礼だってさ」
「いや、林道美桜の分だろ?」
「私が無理言って、二人分用意してもらった。ヒイラギくんの分も」
「………」




