その⑨
「よお、ヒイラギ」
背後から男が話しかけてきた。
僕の周りの人間って、背後から話しかけるのが好きだよな。って、辟易しながら振り返る。
そこには、スーツを着た、高身長の男が立っていた。
「……」
挙動が一瞬停止する。
頭の中に収録された人物写真を中から、このスーツ男の顔と一致するものを探しはじめる。
もう少しでヒットしそうなところで、男が名乗った。
「忘れたか? 佐藤圭太だ」
「……」ぽむっと手を叩く。「久しぶり。全然変わらんな」
「いや、変わっただろ」
僕の間抜けな受け答えに、高校時代の同級生は呆れてため息をついた。
佐藤圭太。覚えているよ。高校三年生の時に同じクラスに在籍していた男だ。頭が良くて、毎回の定期テストで五番以下をとったことが無いと記憶している。大学に進学したと聞いていたけど…、なんでスーツ姿?
僕が佐藤圭太のつま先から頭の先をまじまじと見ていると、彼は舌打ち混じりにため息をついた。
「おまえさ…、今、何やってんの?」
「なにって…、適当に過ごしているよ」
お前は? と聞き返すと、彼は若干にやついて答えた。
「オレは、大学生だよ」
「そのスーツは?」
「馬鹿だなあ…、就職戦争はもう始まっているんだよ」
パリッと糊の効いたシャツを着こなした佐藤圭太はそう言った。彼の脇には、さっき書店で買ったであろうビジネス書が挟まれていた。
佐藤圭太は「さて」と言って、僕を見る。
「お前…、まだ小説書いてるの?」
「……うん」
最近は書いていないけど、まあ、「何もしていない」と答えるだけマシだと思った。
佐藤圭太は鼻で笑った。
「それで、有名小説家の腰巾着か?」
有名小説家…、林道美桜のことか。
僕は動揺を悟られまいとしながら、ははっと苦笑した。
「見られた?」
「そりゃそうだろ。あの子がサイン書いている間、羨ましそうな目で見てやがった」
「そんな目をした覚えは無いんだけどな」
していたのだろうな。僕ならやりかねない。
「お前…、林道先生とどんな関係?」
「どんな関係って…」
僕が「未来」を売って、彼女が「未来」を買った。とは言えない。言ったところで、「小説の書き過ぎで頭がおかしくなったか」と言われるに決まっていた。
「助手みたいなものだよ」
また、鼻で笑う声が聞こえた。
「小説家になれないからって、小説家の傍にいるわけか。どういう経緯で知り合ったのかは知らんが、女々しいことだな」
「そうかもな」
僕もそう思う。
嫌だなあ。事実でも、面と向かってはっきり言われたら、傷ついちゃうんだよなあ。
佐藤圭太。コイツはいつもそうだった。自分の蠅を追っておけばいいのに、人の蠅までも追いたがる。だから、クラスではあまり好かれていなかった。だけど、彼の言っていることは正しかった。だから、反論できなかった。




