その⑥
二週間後。
サイン会の会場となる書店に向かうと、ガラス扉に「林道美桜サイン会」というポスターが大々的に貼られていた。神宮寺さんのポケットマネーで写真館の人間を呼び、神宮寺さんのポケットマネーで製作しただけある。清楚な服を着て写っている彼女が、神々しく見えた。
「ははあ、小説の神様…」
おどけてポスターに向かって頭を下げると、背後から思い切り殴られた。
「変なことやってないで行くよ」
「はいはい」
林道美桜に手を引かれ、開店前の書店に入る。
店長らしき、四十代くらいの女性がやってきて、林道美桜に深々と頭を下げた。
「今日は、わざわざすみません。林道先生…」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。こんな私のためにサイン会なんて」
彼女はにこっと笑って言った。頬がプルプルと震えている。入店十秒で、もうすでに顔を作るのが限界のようだった。
「いやあ、本当、光栄ですよ。こんな閑古鳥が鳴くような書店で、林道先生みたいな立派な作家さんに会えるんですから。あ、はい、デビュー作読みました…。最後はもう、涙が止まらなくて…」
小説家に会えて感極まったのか、店長は興奮して林道美桜の小説の感想を早口で語り始める。その声を右耳から左耳に聞き流しながら、僕はレジ横のだだっ広い空間に目をやり、ぎょっとした。
そこには、彼女のデビュー作が、螺旋を描きながら白い天井に向かってうず高く積まれていた。さらにその横にも積まれている。
思わず「すげ…」と声が洩れていた。
それを聞いた店長さんが「良いでしょう?」と自信満々に言った。
「沢山入荷したのですよ。きっと、お客さん沢山来ますからね」
それにしても、入荷しすぎでは? 二百冊…、いや、もっとあるんじゃないか? いや、サイン会だったらこんなものか? 作家じゃないし、サイン会もやったことがないからわからん。
林道美桜も頬をぴくぴくとさせて笑っていた。
「はは…、これに全部サインを書くのか…」
「頑張れよ」
「他人事みたいに言うね」
「いや、他人事だから」
サイン会は開店と同時に始まり、昼休憩も挟んで大体夕方までする予定だった。それまでに本が売り切れれば万々歳だし、売れなくとも肩を落とすだけ。
店長、林道美桜、僕、そして、アルバイト店員を含めて、サイン会の打ち合わせを軽く済ませると、開店までの時間は残り四十分となった。
店長が言った。
「奥に控室がありますから、休んでいてください。お茶も菓子も用意しています」
「ああ、ありがとうございます」
林道美桜はなぞるように返事をした。
そして、店内の本棚に並んだ本の数々をざっと見渡し、顔を顰めた。
「うへえ、よくもこんなに書けるよね?」




