その⑤
「神宮寺さんが奢ってくれたのよ! デビュー作が二十万部突破したお祝いに! 近くの高級レストランでね!」
「へえ…」
僕は一緒に入っていたナプキンでチキンを掴むと、一口齧った。ザクッ! とした歯ごたえと共に、肉本来のうま味と、スパイスの香ばしさが混ざり合った肉汁が口いっぱいに広がる。
「あ、美味しい」
「そりゃ、高級レストランだからね」
値段を聞くのは野暮か…。
林道は鼻歌交じりで、キッチンの方に手を洗いに行く。
フライドチキンを一ピース食べ終えた僕は、骨をナプキンに包んでゴミ箱に捨てた。脂でてかった唇を舐めて、立ち上がる。
「打ち合わせが上手くいってなにより。これからは本文を書いていくんだろ? まあ、頭の中からっぽにして書けよ」
彼女の成功は決定事項だ。何も気にせず、運命にしたがって書く方がいい。
「ああ、打ち合わせの話なんだけど…」
林道美桜はオープンキッチンから言いにくそうに言った。
「ちょっと、もう一つ問題ができちゃってね」
「…なんだよ」
「その…、サイン会をね…、また神宮寺さんが企画してくれたのよ」
「ほうほう」
すごいじゃないか。という前に、林道美桜が絞り出した。
「恥ずかしい…」
僕の肩がガクッと落ちた。




