第六章『まぬけ』
釈迦の周りを飛び回る孫悟空
一週間後。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん、頑張れよな」
「絶対、クローゼットの中、あさらないでよね。絶対だからね? 絶対にあさらないで」
「ということは、『漁れ』ってことだな?」
「うん、漁るな」
林道美桜は、僕の頬を思い切り引っぱたいてから、神宮寺さんとの打ち合わせに出かけていった。そのついでに、実写映画の雑誌のインタビューがあるらしい。売れっ子作家は多忙だね。
対して、小説賞四次落ちの無能作家志望の僕は、彼女の部屋でお留守番。
彼女の健闘を祈ると、玄関の扉を閉め、鍵を掛けた。
作戦…、というか、打ち合わせの打ち合わせは完璧だった。神宮寺さんにこう聞かれれば、こう答える。こう言われればこう返す。を入念に、抜かりなく決めたのだから。もちろん、その後の雑誌インタビューも同様だった。
きっと大丈夫。今回の新作…、きっと、神宮寺さんにも通用するはず。仮に通用しなくても、担当編集の彼ならしっかり修正してくれるだろう。
まあ、こんなものか。僕の仕事は。
昨日、徹夜で彼女の執筆を手伝った僕は、足元がおぼつかなくなっていた。
鬼の居ぬ間に洗濯…ではないけど、彼女の帰宅予定時刻までまだ四時間ほどある。仮眠には十分すぎる時間だった。
「失敬、こりゃあ、失敬」
僕は誰もいないリビングに向かってそう言うと、彼女がいつも腰を沈めているソファにごろんと横になった。
三つ息を吸って吐く。すると、睡魔はすぐにやってきた。
僕は抵抗することなく、夢の世界に足を踏み入れた。




