その⑩
女は「これは失礼しました」と、恭しく腰を折る。
「商売をしにきました」
「ふざけんなよ…、僕は未来を売る気も、買う気も無いぞ…」
「まあまあ…、見て行ってくださいよ。本日も、たくさんの人の『未来』を仕入れて来たんですから」
僕が睨んでも意に介さず、彼女は細くしなやかな指を折っていった。
「どうです? 『捨て猫を拾う未来』なんかは。これは十万円です。拾った子猫をSNSにアップすれば、周りからの同情を買って、承認欲求が満たされますよ? それに、ペットを飼うことは、人生を豊かにしてくれます。かなりお手頃だと思うのですが…」
「誰が買うかよ」
「そうですか…、じゃあ、『会社をクビになる未来』はどうですか? 一見、損な未来ですが…、『ブラック企業を告発する未来』と合わせて買っていただくと、企業を摘発して、慰謝料をたらふくもらえます。周りからの反感にさえ耐えれば、もとを取れる未来ですけど」
「だから…、買わないって言っているだろ!」
僕は大声で言うと、ダンッ! と地団太を踏んだ。
この女の目的は何となくわかった。
「お前…、からかいに来ただろ。僕を…」
女はにやっと笑った。銀色の前髪の隙間から覗く金色の瞳は、全てを見通している様子だった。
「自覚があるのですか? 今、貴方がしている行為が、『からかわれる』ものであるということに」
「……まあ、そうだな。ああ、わかっているよ。馬鹿みたいな行動さ。僕の未来を買った女のところに行っているんだからな。未練たらたらだよ。もう、指を咥えて林道美桜のことを見ているよ。『本当は僕のもののはずなのに』って」
「そうでしょうね」
女が笑う。全てこの女の手のひらの上って感じで気に入らなかった。
僕は女を責めた。
「だけど、未練があるのは仕方がないだろうが。あの時の僕は、未来を売ることのデメリットを把握していなかったんだ。悪徳商売しやがって。戻れるものなら、戻ってやり直したいよ」
「残念ながら、私に過去に戻る力はありません。もちろん、クーリングオフもできません。消費者庁に駆け込んだところで、精神科を勧められるだけですからね」
女が声を潜める。




