その⑨
目を開けた時、辺りは薄暗くなっていた。
あれ…、まだ朝方なのか? と思ってスマホを見て仰天。もう、夜の七時だった。
嘘だろ? と身体の血が冷たくなるのを感じながら起き上がる。酒を飲んだわけでもないのに、ズキンッ! と頭が割れるように痛んだ。
「ああ、くそ…」
半日以上眠ったんだ、そりゃ、脱水症状にもなるか。
布団から這い出して、ミネラルウォーターを保存している冷蔵庫に歩いていこうとした時だった。
「水が要りますか?」
乾いた頬に、冷たい感触があった。
「うわっ!」
僕は隣人にも聞こえるほどの悲鳴を上げると、その場から飛び退きながら振り返った。
そこには、あの黒マントを纏った女が立っていた。
女は相変わらず目元を銀色の髪とフードで隠しており、僕を見るなり、にこっと微笑んだ。
「お久しぶりです」
幽霊じゃなくてよかった。と思うと同時に、腹の底から怒りが込み上げる。
僕は下の階に響くくらいの勢いで踏み込むと、女の持っていたミネラルウォーターをひったくった。
「お前! なんだよ! 幽霊みたいに出てきやがって!」
不法侵入で警察呼ぶぞ。とは言わなかった。未来の売買ができる時点で、彼女が常識の外にいる存在であることを理解していた。
女は「これは失礼しました」と、恭しく腰を折る。
「商売をしにきました」




