その⑦
次の日。日が昇る頃にアパートに戻り、扉の前でガチャガチャと鍵を開けていると、背後から話しかけられた。
「何やってんの?」
振り返ると、ジャージ姿の茜さんが立っていた。
「茜さんこそ何やっているんですか?」
「いや、私は散歩だよ。歳を取るといけないね。目覚めが早い。それに対し、キミは何をやっているわけ? 一緒に飲もうって約束していたクセに、昨日は一度も家に帰らず、そして、朝帰りかい? ああ、嫌だね。若いってのは嫌だ」
「そんなんじゃないですよ」僕は肩を竦めた。「隣町の知り合いの家に遊びに行っていて、うっかり終電を逃したんですよ」
「それで、始発の電車で帰ってきたわけ」
「そんな感じです」
「どんな感じ?」
あれから、林道美桜の部屋に泊まるわけにもいかず、近くにネットカフェもビジネスホテルも無かったので、駅近くの公園で一晩を明かした。滑り台の下に隠れていたホームレスと仲良くやったさ。酒をたかられたけど。
「とにかく、しんどいんで眠ります」
そう言い切ると、鍵を捻り、扉を勢いよく開けた。
そのまま部屋に入っていこうとした時、茜さんがにやついた声で言った。
「おい、もしかして、彼女か?」
「え…」
聞き捨てならない言葉に脚を止める。振り返り、色恋沙汰に目がない女を睨みつける。
「そんなんじゃないですけど」
「いや、だって」
茜さんはにやついた顔のまま、僕の服を指した。
「キミがそんなおしゃれをするとは思わなくてね」
「……」
母さんと同じようなことを言うな。この人は…。
そんなに、僕がジーパンを履き、ジャケットを羽織ることが珍しいだろうか? こんなのおしゃれじゃないよ。及第点だ。
「人に会うんだから、当たり前でしょうが」
「私に会う時は、だぼだぼジャージ、Tシャツなのに?」
「あんたは例外ですよ」
疲れているんです。しばらく構わないでください。
そう言い切ると、僕は部屋に入り、扉を勢いよく閉めた。乗り込んでこないように、鍵をかける。
「ああ…、疲れた…」
僕はくあっ…と欠伸をすると、とりあえず空腹を紛らわせるために、冷蔵庫のウイダーゼリーを一気に飲んだ。
服を脱ぎ、いつものジャージとTシャツに着替えると、くしゃくしゃになったままの布団に飛び込み、後は泥のように眠った。




