その⑥
「うん、今日は帰るよ」
「次の打ち合わせは一週間後だから、まあ、予定は空けておいてね。さっきの説明聞いたけど意味がわかんない。もう、ヒイラギくんが直接説明して。私、足が悪いから、『同伴者でーす』って言えば、一緒に参加できるでしょ」
「暴論すぎる」
僕は肩を落とした。
「流石に、部外者の僕が打ち合わせに参加するのはおかしいよ」
「いやあ、わかっているよ。でも、うーん、でもなあ…」
林道美桜はうなだれた。
「なんか…、この前のイベントの時も思ったけど、私、人の目に触れるのが嫌なんだよねえ。神宮寺さんとか特に。あの人、かっこいいけどちょっと苦手なんだよね。私のことを、有能作家であること前提で話かけてくるから、話が本当に合わないのよ。嫌だなあ、『こいつ、本当にあの傑作小説を書いた女なのか?』って感じの目で見られるの、嫌だなあ」
「それを言ったら、小説家なんてやっていけないだろ」
この期に及んで、グダグダとする林道美桜に、若干の苛立ちを覚える。
「大丈夫だよ。僕がちゃんとサポートするから。神宮寺さんの前で何を言えば良いとか、イベントでは何をすればいいとか…、ちゃんと教えるから、しっかりしてくれよ」
「そうかなあ?」
「そうだろ?」
僕は肩を竦めた。
ちらっと壁に吊られた時計を見る。
もう、終電には間に合わないと思った。




