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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その⑤

 僕の身体の血が、指先から凍り付くようだった。


 未来を売れば、たくさんの金が手に入り、母さんを助けることができる。


 だけど、それは同時に、僕の未来を潰すということだった。


 漠然としてはいるが、僕の未来には価値がある。きっと、お金に囲まれた華やかな日々が待っているに違いなかった。


「どうしますか?」女が急かすように言った。「お母さん、助けたくないのですか? 助けたいでしょう? あなたを産んでくれた女性ですからね。死んでしまえば、悲しいでしょう?」


 それに…、と言って、女は続けた。


「母に死なれたら、あなたは一人になってしまいますよ?」

「……」


 その言葉に、はっとした。


 父親はもういない。祖母祖父には勘当されている。学校の友達はいない。ご近所さんも、僕のことをよく思っていない。もし、母さんに死なれたら…、僕は…、一人?


 僕は途端に怖くなった。足ががくがくと震え、その場に立っていられなくなる。


 ガクッ! と膝を折ってその場にしゃがみ込んだのを、女の冷たい手が支えた。

 女が耳元で囁く。


「…売りませんか?」

「………」


 病院で、無料のミネラルウォーターを呑んだばかりだというのに、喉の奥がどうしようもなく乾いた。秋の風が、指先から体温を奪っていく。

 僕は小さく頷いた。

 女が笑う。


「決まりですね」


 顔を上げると、女はどこからともなく、黒いジュラルミンケースを取り出して持っていて。

 それを、にこっと笑いながら僕に差し出す。

 持った瞬間、重すぎてケースを土の上に落とした。


 女は言った。


「それが、あなたの未来の価値です」

「これが…、僕の…」

「簡単でしょう?」


 女はすっと僕に顔を寄せると、僕の額にキスをした。その拍子に、銀色の前髪の間から覗いた、金色の目と視線が合う。

 女はマントを翻して踵を返した。


「あなたの未来…、確かに頂戴しました。そのお金はあなたのもの。お母さんを助けるなり、貯金に費やすなり、好きにしてください」


 首だけで振り返る。にやっと笑う。


「空虚な日々に、幸があることを祈っています」


 風が強く吹き付ける。舞い散った木の葉と土に、僕は思わず目を閉じた。

 ふたたび目を開けた時、そこには誰もいなかった。

 僕は足元に落ちている、重くて重くてたまらないジュラルミンケースを持つと、病院へと向かった。


この時から、僕の未来は変わった。



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