第五章『みっともないや』 その①
僕は狐じゃないけれど
虎の傍にいると落ち着くんだ
一週間後。
林道美桜の部屋に寄る前に、実家の母さんの様子を見に行った。
相変わらずだった。布団の中でスヤスヤと眠っていて、その周りにはゴミが散乱していた。食欲が無いのか、固形食糧やゼリーばっかりで、買っておいたおにぎりは冷蔵庫の中で黴を生やしていた。
ちゃんと薬を飲むんだよ。水は飲んだ? ダメじゃないか、洗濯しなきゃ。少しは身体を動かせよ。金? いくら欲しいの? 三万? 仕方が無いな。
そうやって、いつも通りの会話を交わし、どうせ次に来たときも改善されていないんだろうな。って思いながら、家を出た。母さんの顔色が前よりも悪くなっていたことは、見て見ぬふりをした。
それから電車に乗り込み、林道美桜の住むマンションへと向かった。
「よっす! ヒイラギくん!」
林道美桜はエントランスで待ち構えていて、僕の姿が見えるなり、杖を持っていない左手を大きく振ってきた。僕も手を振り返し、守衛さんに挨拶をしてから、六階にある彼女の部屋に入った。
「わざわざごめんね。私、足が悪いから、遠出ができないの」
「いいよ。気にしなくて」
二度目お林道美桜の部屋。
壁際の本棚に収納されているのは、ファッション誌や、少女漫画、アニメのフィギュアやDVDのケースばかり。一応、小説も置いてあったが、彼女の著書を含めて、四冊しかなかった。やっぱり、小説家っぽくない部屋だ。
「あんまり、小説家っぽくないな」
口から言葉が滑り落ちる。
林道美桜はふっと笑い、肩を竦めた。
「だから言ったでしょうが。私、小説に興味なんて無いの」
「…晴れみたいに言うね」
ガラステーブルの上に、紅茶とクッキーが用意されて、甘く上品な香りを立たせていた。
「ほら、座ってよ」
林道に促され、ふたたびこのふかふかソファに腰を埋める。
僕はカップから漂う湯気を眺めながら、僕はゆっくりと話した。




