その⑪
ほんと、何やっているんだろうな。
次のシャトルバスがやってくるまで四十分だった。待つ気にはなれず、歩いて帰ることにした。大体、五キロくらいだろうか? 無理な距離じゃない。疲れたらタクシーを拾えばいい。僕は未来を売ったからお金持ちなんだ。まあ、ほとんど残っていないけど。
「畜生め…」
不意に出た言葉を舌先で溶かしながら、日が傾いて薄暗くなりつつあるビル街を歩く。
ぼーっとしていたせいで、前からやってきた男に気づかず、肩がぶつかった。
「あ、すみません」
咄嗟に謝ったのに、男は舌打ちをして、咥えていた煙草を僕に向かって吐いた。
火のついた煙草は、僕のシャツの胸に当たってから地面に落ち、赤い火の粉をふわっと舞わせた。僕がふたたび顔を上げた時、男はもう既に、雑踏に消えていた。
「……」
あの男の、「未来」の価値はどのくらいだろうか?こういうマナーに欠けたことができるんだから、きっとろくな人生を送らないだろう。だけど…、喧嘩は強そうだ。強引に女に詰め寄れそうで、経験人数も多そうだ。暴力と暴言で人を支配していそう。となると、案外価値は高くなるのかな? 「支配欲求のある人間」に需要がありそうだ。
そこまで考えて、ははっと苦笑した。
人の「未来」の価値を査定するなんて、最低だな。最低な未来しか持っていないくせして。
「あー、やだやだ」
そう言うと、通りすがった女子高生がぎょっとし、狂人でも見るかのような顔をして、通りに消えていった。
あの女子高生の「未来」の価値は、どのくらいだろうか? 顔は良かったから、大学に進学して、それなりに勉強して、サークルだのコンパだのに参加していれば、金持ちの男は捕まえられそうだ。就職して、すぐに出世街道を駆け上がっていきそうだな。まあ、外見だけの判断に説得力なんてものは皆無。これはただの偏見だな。
馬鹿みたいだな…。まるで、ショウウインドウのおもちゃを眺める餓鬼みたいだ。
僕はまた「ははっ…」と苦笑した。
ビル街には陽光が当たらず、肌寒くなってきたので、近くのコンビニで肉まんを買って食べた。甘辛いタケノコを奥歯で噛み潰しながら、白い息を吐く。
僕の未来とは言え、もう他人の未来。
そうだ…、今日僕が行ったことは、ただの自己満足だった。誠実さなんてものは存在しない。
確かに、心は満たされたよ。「僕の未来の尊厳を守ってやった」って気持ちを得ることはできた。だけど、あの未来売買人の女が言っていた通り、「惨めな人生」であることに変わりはなかった。




