その③
母さんは間の抜けた声で頷いた。
「ただね…、お金が無いの…。だから、体調が悪いときに飲むようにしているの。もったいないからね」
「ダメだろ…」僕は薬のフィルムをテーブルに叩きつけた。「お医者さんにも言われたじゃないか。『毎日飲んでくれ』って。母さん…、体調が悪いときに飲むのはダメなんだ。『継続は力なり』っていうみたいにさ、毎日飲まないと効果は無いんだよ」
「大丈夫よ、飲んだあとは楽になるし」
「それじゃあ、一向に良くならないんだよ」
僕の機嫌が悪くなったことに気づいた母さんは、ちょっと困ったような顔をして、青白い頬をポリポリと掻いた。
「ご、ごめんね…、でも、他に薬を飲んでいるから…」
「はあ?」
「ほら、睡眠薬をね、最近飲み始めたの…。夜に眠れないから…」
「睡眠薬…、ダメだろ…。だらしない生活を送っているからだよ…、一日中寝ているんだから、夜に眠れないのは当たり前だろ。いい? これからもう、絶対に睡眠薬は飲むなよ? 身体にだって悪いんだ。それと、この薬は用法を容量守って、全部飲み切ること。そうしたら、病院に行けよな。薬代が無いなら貸すから…」
「そう、悪いわね」
母さんはふっと笑った。
それから、散らかった部屋を片づけ、気休め程度に掃除機と雑巾をかけた。窓を開けて、新鮮な空気を取り込むと、黴臭さはマシになった。
溜まりに溜まった洗濯物を洗い、脱水し、縁台の物干し棹に掛けた。「暗くなる前には片付けろよ」と念を押しておいた。多分無駄だ。財布から三万円を抜き、「無駄遣いするなよ」と言って母さんに渡す。どうせ無駄だろうな。
一通り終わると、僕は鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ、僕は帰るから」
「もう帰るの?」母さんは寂しそうな顔をした。「お酒、飲みましょうよ」
「ダメだよ、身体に触る…。母さんはもう少し、『病人』の自覚を持った方がいい。体調をよくするための最低限度のことをしないで、一日中ぐったりしているのはダメだ…。薬は飲む。ご飯は食べる。早寝早起きして…、身体を動かす…、散歩でいいよ。それだけで、きっと変わるはずだから」
「ええ~」
母さんは駄々っ子のような声をあげた。
「楽しみの無い日々も、つまらないわね」
「体調を管理すればもっと楽しめるはずだよ」




