その⑭
「ダメだろ。ちゃんと読まないと。ヒイラギの創作の糧になるからね。まあ気持ちはわかるけど…ね。嫉妬する気持ちはわかる」
違うな。
「今日、バイトの合間に読んでみたんだよ。うん、面白かったよ。ヒイラギの作品ととんとんって感じかな? 優劣は付けられないと思ったよ」
そりゃあそうだ。だって、本来ならば僕が書くはずだった作品なのだから。
「なおさら残念だねえ…。うん、どっちも面白かったんだよ。となると、やっぱり『運が悪かった』としか言いようがないね」
いや、違うな。「そうなる運命」だったんだ。
「まあ、今回四次まで残ったんだからさ、他のレベルの低い小説賞に応募すれば入賞するんじゃない? もう少し手直ししてから」
「…そうですね」
「あ、じゃあ、小説読む? 貸そうか?」
茜さんはそう言うと、炬燵から身体と腕を伸ばし、部屋の角に積み重なった本の山の一番上から、林道美桜の著書を手に取った。「ほら」と言って、僕に渡す。
僕は箸を置いてそれを受け取った。
「…ありがとうございます」
「うん」
多分、読むことはないだろうな。って思いながら、本を傍に置く。
また箸を手に取り、煮卵を突っつく。その時、炬燵の上に置いてあったスマホがメッセージを受信した。差出人は、案の定母親からだった。
「母親からですね」
「また? どんだけヒイラギのこと好きなんだよ」
「いや…、好きじゃ無いでしょうよ」
送られてきたメッセージには、「今月少しピンチなので、一万円ほど貸してくれると嬉しいです」と書かれていた。金が好きなだけだよ。この人は。
僕は返信することなく、スマホを炬燵に置く。またメッセージが送られてきて、見ると、とってつけたような、「まことの顔が見たいです」とあった。
「ねえ、茜さん」
「うん? なに?」
「愛って…、金で買えるんですかね?」
「きゅうにどした?」
「そのままの意味ですよ」
僕は頭の中に、現在の残高を思い浮かべた。
「金があると、人って寄ってくるもんですね」
「……まあ、寄ってくるんだろうね」
茜さんは淡々と答えた。
「金で愛は買えんよ。その人のことが好きなんじゃなくて…、金が好きなんだからさ。それを『愛を買う』とは表現できないね。その愛は、本人じゃなくて、金の所有物さ」
「そうですか…」
僕はぐつぐつと煮える鍋を眺めながら頷いた。
「ってことは…、僕は母親に愛されていないことになりますね」




