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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
33/112

その⑬

 無駄な運賃を支払って電車に乗った。駅を降りてから、自販機で飲み物を買ったり、塀の猫を撫でたり、畑のツチガエルにちょっかいを掛けたりと、ダラダラと過ごしたため、アパートに戻るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。


 錆の浮いた階段をそろそろと登っていると、外灯に照らされて、灰のようなものがちらちらと舞っているのに気が付く。雪だと理解するのに、三秒かかった。


 二月に入って雪を見るのは初めてだ。道理で寒いわけだな。


 そう思いながら、自分の部屋のドアノブに鍵を差し込もうとしていると、隣の部屋がゆっくりと開き、茜さんが顔を出した。


「よお、今帰り?」

「あ、はい。茜さんも、バイト終わったんですか?」

「うん、今帰ったところ」


 茜さんの鼻が赤い。半開きになった扉の隙間から、おでんの出汁の香りが洩れてくる。


「どう? 呑まない?」

「いいですよ」


 僕は白い息を吐きながら笑った。今日の昼間にあった嫌なことを忘れるには、アルコールが一番だと思ったのだ。


 アルコールで全て忘れよう。そして、今まで通り、空虚な日々を送っていくだけだ。

 そう思っていたのに。


「ねえ、ヒイラギがさ、前に応募していた小説賞の大賞作品、読んだ?」


 宴会の席で、彼女は煮卵を箸で半分に割りながらそう言った。

 ガスコンロの上に置かれたおでんの鍋がぐつぐつと煮えている。牛筋、ちくわ、はんぺん、ロールキャベツ、煮卵…、そして大根の割合が異様に多い気がした。


 茜さんの部屋は、足の踏み場が無い程に散らかっていた。アルバイトの時に着けているエプロンが、くしゃくしゃに丸められ、炬燵の下に押し込まれている。お尻に硬いものが当たったので見てみると、それはマニキュアの瓶だった。


 昼間に見た林道美桜とは対照的な部屋に、げんなりとしていると、茜さんは気にすることなく、もう一度言った。


「大賞作品、読んだの? ほら、あの、『幽鬼羅刹幸あれ』って作品」


 僕が苦虫を噛み潰したような顔をしたのを、彼女は咎めるように言った。


「ダメだろ。ちゃんと読まないと。ヒイラギの創作の糧になるからね。まあ気持ちはわかるけど…ね。嫉妬する気持ちはわかる」


 違うな。


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