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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
31/112

その⑪

「まあ、頑張れよ。その未来はもう、お前のものさ。好きに使うと良い。僕は売って得た金で、悠々自適に楽しむとするよ。お前が恥かく姿を見ながらな!」


 首だけで振り返る。案の定、林道美桜は顔を真っ赤にし、目には大粒の涙を浮かべて、子犬のように震えていた。そして、爆発したように言った。


「金を優先した馬鹿に言われたくないんだけど!」

「あ?」


 聞き捨てならなかった。振り返り、林道美桜を睨む。

 林道美桜は吹っ切れたように、早口でまくし立てた。


「馬鹿なの? 小説に興味無い私だってわかるよ。『小説家』って夢がどれだけ偉大なものかって! 人に娯楽を与えるんだもんね。そんな素晴らしい未来を、アンタは売ったのよ? そんなに金が欲しかったわけ? 金が幸せの価値基準だと思ってたわけ? バッカみたい! あんなおんぼろアパートに暮らして…、惨めな生活を送っちゃってさ! 失敗したのはどっちよ!」


 僕は林道美桜の方に一歩踏み出した。林道美桜は肩を震わせ、半歩下がった。

 僕は腕を振り上げた。林道美桜が顔を伏せる。

 僕は殴らなかった。


「馬鹿じゃねえの」


 代わりに、小学生みたいな罵倒を彼女に吹っ掛けた。


「だれが好きで、自分の未来を売ったりするんだよ…」


 頭の中に、屑な母親の姿が浮かんだ。


 殴られないとわかった林道美桜は、恐る恐る顔をあげ、何とも言えない様子で僕を見た。

 ほら…、よくあるじゃないか。本当に困った時に、何かを犠牲にするって話。まさにそれだったのだ。十年前…、僕は母さんに死んでほしくなかった。どうしようもなかったから、未来を売ったのだ。決して金欲しさじゃない。孤独が怖かっただけだ。


 そう、林道美桜に言うのは辞めた。どうせ理解してくれないと思った。


 コイツには金があるんだろうな。だから。僕の未来を買えたんだ。そうして、努力しなくても、彼女は『運』に助けられて、これから栄光の道を歩んでいく。僕は、努力しても報われず…、孤独な日々を送っていく。


 こんな人間に、わかってたまるかって話だ。


 僕は林道美桜の黒い頭をポンポンと叩いた。


「驚かせて悪かった。話はこれでおしまいだよ。さっきのは八つ当たりだから気にしなくていい。今の自分に…、失った未来を持つキミのことを直視できる自信が無いだけだ。だから…、インタビューは自分で何とかしてくれ…」


 それじゃあ。と言って、林道美桜に背を向ける。彼女は何かを言いかけたが、すぐに口を噤んでしまった。それでよかった。


 あーあ…、嫌な気分になっちゃったよ。


 僕は舌打ち交じりに、林道美桜のアパートを出ていった。



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