その⑩
「断る」
「へ?」
林道美桜の間抜けな顔。写真を撮りたかった。
「え、ちょっと…、なんで?」
「ざまあ無いな。天罰だよ」
そう言い切ると、ソファから立ち上がる。
なんだ…、もう少し面白い話が聞けるのかと期待していた自分が馬鹿だった。
ジャージのポケットにスマホと財布が入っているのを確かめると、くるっと背を向け、玄関の方へと歩いていく。すかさず、林道美桜が腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと! 話を聞いてよ!」
「いや、聞いただろ。小説は書けるけど、小説に興味がないお前のために…、僕がインタビューの原稿を考えたり、新作の構想を練るのを手伝ったりするんだろう? 嫌だよ。そんな無益なこと」
「無益じゃ無いでしょうが! もとはヒイラギくんの未来なのに」
「今はお前の『未来』だ」
いや、現在か。ややこしいな。
僕は林道美桜の手を、苛立ちの籠った力で振り払った。
「もう一度言おう。天罰だ。努力せずに、『成功』だけの未来を買った天罰さ。そうやって金に頼ったり人に頼ったりする暇があったら、小説の一冊や二冊読んで、文学に対する知識を増やせばいいさ。なんなら協力しようか? 僕はお前と違って、努力した人間だからな。部屋に小説は腐るほどある。貸してやってもいい」
「それじゃあ、次の取材に間に合わないでしょうが!」
「だから、天罰だって言っただろ? 赤っ恥かいて、自分が『成功』に対して横着したことを悔いればいいさ」
歩き出す。
「待って! お願い! 本当に待って!」
後ろから聴こえる彼女の声は、今に泣きそうだった。
彼女に対して何かされたわけじゃない。僕が成功者の未来を失ったのは、当時の自分が無知だったから。彼女が僕の未来を買ったのは、ただの偶然。僕が彼女に対して怒る筋合いはない。これは「八つ当たり」だった。
僕が笑みを含んだ声で言った。
「まあ、頑張れよ。その未来はもう、お前のものさ。好きに使うと良い。僕は売って得た金で、悠々自適に楽しむとするよ。お前が恥かく姿を見ながらな!」




