その③
「お母さんが死にそうなんでしょう?」
そう言われて、肌にピリッとしたものが走る。「どうしてそれを知っているの?」という疑問と、「ああ、そうだ…、早くなんとかしないと」という焦りが同時に湧き上がってきて、僕の頭の上を、自分の尻尾を追う猫のようにぐるぐると回った。
女が僕に言う。
「お母さんを助けたいと思いませんか?」
「………」
僕は少し間を置いて答えた。
「た、助けたい…」
答えた後、すぐに首を横に振る。
「でも、ダメなんだ…、お母さん、手術して、薬を呑まないと助からないんだよ…。お、お金が足らないんだ…、誰も貸してくれる人がいないんだ…」
そう言うと、女は微笑んだ。
「貴方…、お金が欲しいの?」
「お金が無いと、母さんを助けることができない…」
「だったら、未来を売りませんか?」
今思えば、その言葉は、「悪魔の囁き」だった。だけど、当時、何としてでも母親を助けたいと思っていた僕には、「神様のお導き」に聞こえたのだ。
僕は涙をボロボロと流しながら、女に詰め寄った。
「お、お金が手に入るってこと?」
「ええ、お母さんを助けても余るくらいの、たくさんのお金が手に入りますよ」
「み、未来を売ったら、お金がもらえるんだよね!」
当時、僕はゲームボーイアドバンスで、ポケットモンスターをプレイしていた。そして、母さんはよく「質屋」に行ってガラクタを少量の金に変えていた。だから、「ものを売ってお金を手に入れる」という行為に、何の疑問も抵抗も抱かなかったのだ。
「未来を売る」という行為が、どれだけ愚かなことかもわからずに。
「う、売るよ! 未来! 売るよ! それで母さんが助かるなら!」
そう言った瞬間、女の口元が口裂け女みたいに、にやっと笑ったのを覚えている。
悪意のある笑みを浮かべながら、でも、声は慈愛に満ちた女神のような声で、女は言った。
「では、売ってしまいましょうか、未来」
「うん! 何処で売れるの?」
「大丈夫、ここで全部終わりますよ」
女はその場で、改めて説明した。