その⑥
林道美桜は、「文学少女」って感じの見た目に反して、強引な女だった。
ここじゃ落ち着かないから、私の部屋に来て。
そう言うと、有無も言わせず僕をベッドから引きずり降ろし、電車に乗り込み、隣町へと連れ出された。運賃は彼女が払ってくれた。
「ねえ、なんだよ。お前、誰だよ。何処に連れていかれるんだよ」
僕が何度聞いても、彼女は「後で話す」と言って答えてくれなかった。
電車を降りると、さっさと人通りの多い道を歩き始める。一キロほど歩き、そうして辿り着いたのは、この町じゃ頭一つ飛びぬけた高さのマンションだった。
僕が「え…? え、ええ?」と立ち尽くしているのを横目に、彼女は自動扉を潜って中に入り、カウンターに立って業務をしていた守衛さんに「今帰ったよ」と話しかけていた。
僕の方を振り返り、「早く来てよ!」とつんけんとした声で言った。
僕は慌てて彼女に駆け寄った。
「ねえ、もしかして、ここに住んでいるの?」
「住んでいるに決まっているでしょうが」
林道美桜は鬱陶しそうに頷くと、右手の杖をカツン、カツンと踏み鳴らしながら、奥のエレベーターに向かった。エレベーターが二十階から降りてくるのを待つ間、僕は肩を竦め、そわそわとしながら辺りを見渡した。それを見た林道美桜は呆れたようなため息をついた。
「……こんなの普通でしょうが」
「普通じゃないだろ」
チーン…という音がして、僕のアパートの風呂の二倍の広さはあるだろうエレベーターがやってきた。
「エレベーターなんて、二億年ぶりに乗る気がするよ」
二人でエレベーターに乗り込む。林道美桜は「⑥」のボタンを押した。
エレベーターは静かに登っていく。すぐに「チーン」という音がして、扉が開いた。
大理石みたいにつやつやとした廊下を歩き、林道美桜が住んでいる部屋の前に立った。
林道美桜はロングスカートのポケットからカードキーを取り出すと、それをドアノブに押し当てた。
ウィーン…ピピッ! ガチャン! と、近未来な音がして、扉が開く。
「ほら、入ってよ」
「あ、お邪魔します」
若干抵抗があったが、おどおどとしているとまた言われそうなので、入る。
玄関には黒い靴箱が置いてあり、その上には芳香剤が置いてあった。僕の部屋にあるような安物ではなく、ガラスの瓶で、バラの意匠が施された本格的な奴。匂いも一級品で、甘ったるくない上品な香りが部屋全体に満ちている。
廊下を進んでリビングに出る。そこには、白基調のソファが二つ、ガラステーブルを挟んで向かい合って置いてある。その横には、大きなテレビ。壁際には背よりも高い本棚があり、ファッション誌やら、スポーツ誌などが所せましと並んでいた。本棚の横には、棚があり、そこには、彼女の著書である『幽鬼羅刹幸あれ』の単行本が飾られていた。多分、献本だと思う。
お金持ちの香りを漂わせながら、意外にシンプルな家具の配置に、僕が茫然としていると、林道美桜のつんとした声が呼び止めた。
「じゃあ、本題に入るよ」




