その③
右手に、白い杖を握っていて、それで身体を支えていた。
高校の同級生ってわけでもないだろう。僕のアパートを訪ねてくる女の級友なんていない。
僕が目を凝らして、玄関の女を見ていると、女もまた、眼鏡の奥の猫のような目で僕を見た。
「あなたが…、ヒイラギマコト?」
「…え、うん」
女がいる玄関と、僕がいるベッドの間は、約十メートル。その微妙な距離を挟んで、おぼつかない会話を交わす。
女は探るように言った。
「あなた…、未来を売った?」
「え…」
僕の表情を見て、女は何かを確信した。
次の瞬間、女が放った言葉を聞いて、僕は頭を鈍器で殴られたような気分に襲われた。
どうして今まで疑問に思わなかったのだろう?
金と引き換えに、古本屋に渡した漫画本は、いずれ商品棚に並ぶ。そして、別の人間が買って行く。未来だってそうだ。僕が莫大な金と引き換えに、あの未来売買人の女に渡した未来はもう、あの女の所有物だ。いずれ、誰かに売りつけられるのだ。
僕が売ってしまった未来は、あの小説賞で、僕が「受賞する」未来。「小説家として大成する未来」。誰かが…「買う」ことだってあるのだ。
「私は…、あなたの未来を買った者よ!」
僕が失った「未来」は…、別の誰かの「現在」に変わっていた。




