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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
22/112

その②

 その日は、昼間から酒を呑んでいた。と言っても、アルコール度数の小さいサワーだ。ジュースが無かったから、それで代用しようというわけだ。


 腹がぐうっ…となる。ゼリーを取りに立ち上がるのもめんどうくさく、ベッドの上でゴロゴロとする。時々、枕元に置いたサワーの缶を傾ける。


 酔ってはいない。だが、平日昼間のアパートで、こうやって酒を呑み、怠惰に耽っている様は、一周回って背徳感があった。お前ら、必死に働いてご苦労様。って。


 茜さんが帰ってきたら自慢しよう。「僕、平日の昼間にお酒を呑んだんですよ? めちゃくちゃ悪じゃないですか?」って。って、あほらし。


 そんなことをぼんやりと考えていると。閉め切った窓の外で、雀がちゃんちゅんと鳴いているのが聞こえた。それだけじゃない。通りを走る車の音。犬が吠える声。向かいの民家のワイドショー…。静かだとこんなに聴こえるのか。なるほど、面白いな。


 僕は一人で笑っていた。多分、平常では無いんだと思う。今「飛び降りろ」と言われれば、喜んで、そして、ばっちりポーズを決めながら屋上から飛ぶことができると思った。


 雀の鳴き声。


 カツン…、カツン…。


 包丁で何かを刻む音。


 カツン…、カツン。


 車のエンジン音。


 カツン…、カツン…。


 犬が吠える。


 カツン…。カツン…。


 何だろう? 先から、何か硬いものを地面に打ち付けるような音が聴こえる。カツン…、カツンと、引きずるように、でも、一定のリズムを刻んで。


 何の音だろう?


 カツン…カツンと、近づいてくる。


 同じアパートの人間か? 何をしている?


 カツン…、カツン…。カツ…。


 その音は、僕の部屋の扉の前で止まった。その時、僕はこの音の正体に気が付いた。母さんが病院に入院しているとき、リハビリテーションで嫌になるくらい聞いた音。そうだ。杖をつく音だった。


 なんで杖? と疑問に思い、布団から上体を起こした瞬間だった。


「ごめんください!」


 扉の向こうで、若い女の声がした。え…、女?


 僕の脳内に保管された、知り合いの女性一覧の中から、該当する声を検索しようとする前に、扉が勢いよく開いた。


 ああ、しまった。今朝コンビニから帰った時に閉めてなかった。


 僕は「ちょっと!」と声をあげようとして、固まった。


 アパートの扉を開けて入ってきたのは、当然女だった。だけど、知らない女だった。 

 濡れ羽色の黒髪、透き通るような白い肌。スタイリッシュな黒縁眼鏡の奥で、猫のような瞳が輝いている。大人びた藍色のロングスカートに、黒い七分袖シャツ。その上から城っぽいジャケットを羽織っていた。歳は…、僕と同じくらいだろうか? ニ十歳…、いや、十九歳くらいか? 


 右手に、白い杖を握っていて、それで身体を支えていた。


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