その⑮
「私たちは、『未来の売買人』…」
風が吹き付けた。辺りの細かな砂を巻き上げ、僕の視界を奪う。
思わず顔を伏せた時、女の声が頭に響いた。
『もし未来を買いたくなったら…、はたまた、未来を売りたくなったら、いつでもお呼びください。貴方の空虚な日々が少しでも彩るように、努力いたしましょう』
風が止んだ。
顔を上げた時、女は消えていた。
ため息をついてその場にしりもちを着いた瞬間、ポケットのスマホが鳴った。
もう、未来は変わってしまった。
それなのに、僕はまだ「期待」というやつを込めてスマホを取り出す。そして、液晶をみて落胆した。
母さんからメッセージだ。「少しだけお金を貸してくれませんか?」って。
「ああ、もう…、くそが…」
僕は泣きそうな声でそう絞り出した。
酔いはすっかり覚めていて、済んだ空気が辺りに漂っている。
この先、華やかな未来は一つも無い。あるのは空虚な日々。そういう仕組みなんだ。いくら頑張っても、大成することはないのだ。
手に持ったスマホが震え、母さんから次々とメッセージが送られてきた。「次はいつ来てくれますか?」「また一緒にお酒を呑みましょう」「体調が悪いので、早めに来てくれると嬉しいです」「お金の管理はちゃんとしていますか?」「無駄遣いはダメですよ」
黙れや。って、スマホに向かって叫んでいた。
意味もない足掻きに、また虚しくなる。
こんな屑な母親を、未来を売ってまで助けたことに、虚しくなる。
空を見上げて、「あーあ…」って、魂の欠片が混じったため息をついた。
ほんと、いやになっちゃうよ。
僕はゆっくりと立ち上がると、吐しゃ物はそのままにし、自動販売機に残ったミネラルウォーターを持ってアパートに戻った。歩いている時、まさに「空虚」というやつを踏みしめているような気分だった。
部屋に入ると、寝ている茜さんを揺り起こし、ミネラルウォーターを渡して部屋に帰した。
自分のミネラルウォーターを飲み干し、空になったペットボトルをゴミ袋に放り投げた後、僕は机の上のノートパソコンを見てぼそりと言った。
「諦めるか…」
小説家にはなれない。大成しないものを頑張っていたって、時間の無駄だった。




