その⑭
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「別の未来を買えばいいのですよ。言ったでしょう? 私は未来の売買人です。基本的に、貴方は『十年後の未来』を買うことができます。はい、そうです、私が各地を回って『せどり』してきた、数多の人間の未来を、私は持っているのです」
女の髪が揺れる。
「値段も、ピンからキリですよ? 未来の価値…、いや、『人生の価値』と言うべきでしょうか? 高ければ高いほど、地位や名声を得られる未来。逆に、低ければ低いほど、何の変哲も無い、鈍重な未来…。人は価値のある未来を欲しがりますが…、案外価値の低い未来だって良いものですよ? この前、私が担当した方なんて、『一人で穏やかな日々が送りたい』と言って、孤独で死に絶える、千円の価値の『未来』を買って行ったのです」
女が僕を見て、小声で言った。
「今、いくら残っていますか?」
「……九十万ちょっと…」
「ああ、その程度でしたら、選択の幅は広がりますよ。顔の悪い女性との結婚くらいはできます。企業に勤めれば、ある程度は出世できるとおもいますよ? 残念ながら『売れない小説家』という未来はまだ入荷していません。また探しておきますね」
それから、女は「不思議な話ですねえ」と言った。
「私たちの仕事は、お客様から『未来』を買取り、それを他者に売りつける仕事です。ですが、決して、買い叩いたりはしません。『未来』と、それを売った時に生じる『金』は、イコールなのです」
「イコール?」
「はい」また、女はにっこりと笑った。「あの時、貴方に渡したお金は、貴方の未来の価値そのものでした。貴方は損などしていなかったのですよ。プラマイゼロってやつです。それなのに、どうしてそんな不幸みたいな顔をしているのですかね? お金の使い道が悪かったから? それとも…、あの『未来』は、お金には代えがたい価値があったのでしょうか?」
僕は奥歯を噛み締め、女に詰め寄った。女は「おっと」と笑い、半歩下がる。
「私たちはあくまで商売人です。未来と金の価値の関係性について説くほど崇高な者ではありません。ただ、金を流すだけの仕事…」
女はそう言うと、また、恭しく頭を下げた。
「私たちは、『未来の売買人』…」




