その⑪
「ったく…」
未来を売ったくせして、のんきなものだ。
ポケットの中で、小銭入れの小銭がチャランと鳴った。
もう少し歩くと小さな公園があって、鉄棒の横に、煌々と光る自動販売機が佇んでいた。周りを羽虫が飛び交い、ボタンには茶色の羽根を持つ蛾が止まっている。近づくと、ウォーン…と震えた。
僕は小銭投入口に五百円を入れた。ミネラルウォーターのボタンを押す。ゴトン…と言って、ミネラルウォーターのボトルが出てきた。チャランチャランと、お釣りが出てくる。
ったく、一遍に買わせてくれよ…、ってイラつきながら、お釣りを取り、また小銭投入口に入れて、ボタンを押した。ゴトン…と、ミネラルウォーターのボトルが出る。
その時だった。
「未来、買いませんか?」
背後で女の声がした。
僕は全身の毛が逆立つのを感じ、ミネラルウォーターを取り出そうと伸ばしていた手を引っ込め、首が捩じ切れそうな勢いで振り返った。
そこには、黒いマントを身に纏った女が立っていた。
見た瞬間、十年前の記憶が、スポットライトに照らされたみたいに鮮明になる。
闇より切り出したかのような黒布、まるで月光を浴びて変色してしまったかのような銀色の髪、そして、死人のような白い肌と、毒林檎のような赤い唇。
十年前に、僕の未来を買い取った女が、そこに立っていた。
僕は後ずさりした。自動販売機に背中がぶつかる。飛び立った羽虫が耳元でぷうんと鳴いた。
「お前…、なんで…」
「お久しぶりですね…、ヒイラギ様」
女はにやっと笑って僕の名前を呼んだ。




