その⑦
よいしょ、と言って、彼女は重そうな段ボールを抱えて部屋に入ってくる。
「それ、酒ですか?」
「うん、知り合いに、『賞味期限が近いから』って言われてもらった。まったく、私が飲んだくれに見えるのかしらね?」
「飲んだくれでしょうが」
箱を開けると、中にはビールやらサワーやらの缶が大量に入っていた。どれも見慣れないパッケージで、売れず在庫処分になったものと伺えた。
元から冷蔵庫で冷やしていたビールを取り出し、開いたスペースに段ボールから取り出した温い酒を入れる。おつまみは、お互いに持ち寄ったものをテーブルの上に並べた。餃子、ニンニク、柿ピーナッツ、ポテトサラダと、宴会には定番の品だった。
「まだまだ暑いね」「そろそろ涼しくなるでしょう」「乾燥肌だからね」「あんたの顔なんて誰も見ないでしょうが」「あ?」という不毛な会話を交わしながら、僕たちはテーブルに向かい合って座った。缶ビールのプルトップを引くと、プシュッ! と炭酸が弾ける音が心地よく響く。
今は、忘れよう。それに限る。
やっていることが、屑の母親と同じことだと知りながら、僕は右手に持った缶を茜さんの方に突き出した。
「乾杯…」
「はい、カンパーイ」
茜さんが勢いよく、僕の缶に自分の缶をぶつける。
「いやあ、惜しかったね」
手羽を鷲掴みにし、むぐむぐと齧りながら茜さんは言った。
「あの小説、最終選考には残ると思ったんだけどなあ」
「そうですね…、僕も、悪い出来では無いと思っていました」
「ってことは、今年の受賞作は期待できそうだね。面白い作品を書いたキミを超えた人の作品なんだ。絶対に面白いに決まっている」
「…そんなものですかね」
僕は餃子を口の中に放り込み、苦い液体で流し込んだ。
「もう無理だな。あの作品、最高傑作なんですよ。魂を削って書いたんです。いやあ、あれを落とされるって…、うーん…、もうダメだろうなあ…」
「まあ、確かに、今までに読ませてもらった作品の中で、一番良かったと思うよ」
茜さんは苦笑しながら頷いた。
彼女は書店に勤めているということもあって、沢山の小説を読む(一番好きなジャンルはミステリらしい)。そのためか、彼女の作品に対する感想は的を射て参考になった。




