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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その②

 そこまで書いたところで、僕は美桜から手紙を取り上げた。

 手紙をくしゃって握りつぶし、病室の端っこにあったゴミ箱に放り込んだ。

「え……?」

 美桜の驚いた顔が、僕の方を振り返る。

「…ヒイラギ? あんた、どうしてここに」

 彼女は、数か月前とは比べものにならないくらいやせ細っていた。生気の無い頬。目の下の隈。乱れた髪の毛…、腕から伸びる点滴。

 僕はあえて元気よく笑ってやった。

「久しぶり!」

「だから…、どうしてここに!」

「決まっているだろ。美桜の父親を殴りつけて、居場所を聞き出したんだよ」

「え…」

 美桜の表情が固まった。

「ちょっと…」

「大丈夫だよ。死なない程度にやっておいた。今頃警察に駆け込んでいる頃かな?」

「ねえ! 何やってんのよ!」

 美桜が掠れた声をあげる。

「あんた、小説家なんだから、そんなことしちゃ…」

「小説家?」

 僕は彼女の声を遮って首を傾げた。

「なんじゃそりゃ!」

 そして、彼女の目の前に、背後に隠していたジュラルミンケースを突き出す。開けると、中には大量の金が入っていた。

 美桜の顔がさらに青ざめるのがわかった。

「あ、あんた…」

「これで、この金で手術を受けよう。先生に頼んで、もっといい病院を紹介してもらおう」

「馬鹿じゃないの!」

 美桜の見開いた目から、ボロボロと涙が零れる。

「あんた…、売ったの? 売っちゃったの?」

「ああ、売った!」

 力強く宣言した。

「全部売った! 売り払った!」

「何やってんの…、馬鹿じゃない…?」

「ああ、馬鹿だよ。未来売買人の女にもそう言われた」

 僕は、彼女の手術費を得るために、未来を売った。

 たちまち、世界が変わった。

 僕は小説家になっていない。名作なんて書いていない。映画化なんてしていないし、人々に名前も知られていない。

 僕は何も無い人間となったのだ。

 パンッ! と乾いた音が響き、僕の頬が熱くなった。

 美桜が顔を真っ赤にして、荒い息を立てていた。

「馬鹿じゃないの…。何のために…、私が、何のために…」

「うん、言いたいことはわかる…。ごめん」

 これで、僕の未来も、美桜の未来も空白になってしまった。きっと、良いことは何も起こらない。だけど、それでよかった。

「いくら栄光を手に入れてもな…、金をもらってもな…、美桜…、君が居ないと、僕は幸せじゃないんだ。耐えられないんだ」

 もう一度、大量の金が入ったジュラルミンケースを彼女に突きつける。

 こんなことをしなくても、小説を売った金で、彼女のことを支援することができたかもしれない。だけど、それじゃあ、上手くいかない気がした。勘だよ。根拠はない。

 僕と美桜、二人で、同じ土俵に立たないといけない気がしたんだ。

「僕の未来を売って得た金だ。これで…、美桜の人生を全部買う」

 ははっと笑う。

 美桜が目を見開く。

「もう、寂しいのは嫌なんだ。不幸は二等分だ」

 美桜が身を乗り出して、僕を抱きしめた。病魔に蝕まれ、骨張った硬い身体だった。

 僕は彼女の身体を左腕で抱き返し、そっと、頭を撫でる。

 彼女はわんわんと泣きながら、「馬鹿じゃないの?」とひたすらに繰り返していた。

 僕も目から涙を零し、そして、笑った。

 きっと、これから先、僕たちに良いことは起こらない。

 夢は叶わない。不幸ばかり引き付けて、何をやっても空回り。

 でも、それでいいさ。君が僕の隣にいてくれるなら、地獄でも天国さ。

 周りがガラクタだというもの全部に名前を付けて、二人だけで独占しよう。

 二人だけの「幸せ」を作っていこう。

 それだけあれば、十分さ。


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