終章『そこに未来がありますように』
明日も生きてみようと思ったんだ
明日も歩いてみようと思ったんだ
そこで何かを拾い上げたんだ
「遺書」
死ぬ前に、遺書を書き残そうと思う。
誰かに決められた運命を歩いてきた。
高校の頃から、何故か小説を書き始め、大学生になると賞に応募した。それが受賞して、作家デビューした。それからは、何を書いても売れて、映画化されて、たくさんのお金が入ってきて、担当編集の爽やかイケメンと結婚して…、子供を産んで、周りに「神様」だの「天才」だの言われながら、年老いるまで名作を書き続ける。
そんな運命だった。
大っ嫌いだった。
この未来を買い与えた父親を恨むと同時に、この未来を奪われた男の子に申し訳なく思う。
彼の努力も、彼の時間も、彼の自尊心も全部、私が奪ってしまった。小説になんて毛ほども興味が無くて…、下手すれば、一生本を読まなかっただろう私がだ。
だから、返すことにした。
この運命の持ち主である彼に出会い、彼と共に時を過ごし、未来を成熟させた。
彼はいい人だった。
目つきが悪くて、口が悪い割には、自信が無くて、ちょっとやそっとの出来事に心を乱されるような人だった。だけど、優しかった。本当に優しかった。
彼といると、心がぽかぽかとした。まるで、陽だまりのベンチに腰をかけて転寝しているようだった。
彼の優しさと悲しみに触れるたびに、心臓の奥がきゅっと締まって、嬉しさと申し訳なさが込み上げてくる。「もっと彼と一緒にいたい」「早く未来を返してあげなきゃ」って思ってしまう。
だけど、早く決断しないと、彼の心が壊れてしまう。
実際、私がうかうかしている間に、彼は自ら死を望むようになっていた。
幸か不幸か、彼のあの自殺未遂が…、私に決断させた。
私は未来を売った。
売った金で、その未来を彼に買い与えた。
これで、あの小説賞で受賞したのは彼ということになり、彼はこれから、栄光の道を進んでいくことになる。
空虚になった私の未来には不幸が流れ込んできた。
取り除いたはずの病気が再発した。しかも、色々なところに転移していた。金があれば手術を受けられる。だけど、彼に未来を返すときにほとんど使っている。まあでも、金があったとしても、上手くいかないと思う、だって、私の未来は「空虚」だから。
上手くいかない。それが運命だ。
多分、死ぬ。そろそろ、命が尽きる。
でも、これでいいと思う。だって、父親に操られていた私が、未来と運命を犠牲にして、一人の男の子を幸せにしたんだ。それで十分じゃないか。
生涯に生み出す金が、人の運命の価値なのか?
人のために生きることが、「負け犬の遠吠え」なのか?
違う。いや、違うのかどうかはわからない。だけど、「違っていてほしい」。
周りなんて知ったことか。運命の仕組みなんて知ったことか。
私は何も生み出すことができないけれど、誰かのために死ねて、幸せだ。私の幸せは、金には代えられない。これで、いいじゃないか。
これで、ハッピーエンドだ。
もしこの手紙を、キミが読んでいるのなら…。
キミは気にする必要は無い。
全てがもとに戻っただけ。
まあ、そう言ってっも、キミは泣くだろうね。後悔するだろうね。多分、私のことを死ぬまで忘れないと思う。それで幸せだよ。
だから、キミはキミの人生を、精一杯生き




