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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その⑨

『ヒイラギ先生が心配することはありませんよ』

 帰りの車の中、助手席に座っていると、後部座席に座っていた未来売買人が、「ヒイラギ先生」という部分をやけに強調させて言った。

『この一件は、確かに大事になりますが…、貴方の悪いようにはなりません。【突如、イベントに乱入した不審者。それを強気の態度で撃退するヒイラギ先生】…、これで貴方は一層、世間からの注目を浴び、貴方の人物像に惚れ込んだ者たちによって、本はさらに売れ続けます』

「…そうか」

 実際、SNSを見ると、今日のあの事件のことが少しだけ話題になっていた。コメントはいずれも「不審者を蹴り飛ばすヒイラギ先生かっこいい」だの、「先生の小説に興味を持った」という内容ばかりだ。運命って都合がいいんだな。

 運転席には月山さんがいる。あまり、未来売買人との会話を聞かせるわけにはいかなかった。

 後で二人きりの時に話をしよう。

 そう思っていた矢先、未来売買人が言った。

『彼女の脚を覚えていますか?』

「……」

 脳裏に、手術痕のある美桜の脚が過った。

 静かに頷くと、未来売買人は続けて言った。

『美桜様は、本来骨肉腫にはならないはずでした。怪我の無い、健康体で大学に進学し、大好きな陸上を堪能し、そして、才能の枯渇で引退。体育の教師になって、小さな幸せを積み上げながら細々と生きていく運命にありました』

「………」

『ですが、その未来を、彼女の御父様が書き替えました。ヒイラギ様の未来を使って。未来を買うと、否応でも、買った未来の結果に向かって運命は動きます。大して小説が好きではなかった彼女が、唐突に小説を書き始めたのはそのため…。そして、骨肉腫が現れたのは、彼女に陸上の道を断念させるために、必然として起こったことなのですよ』

「……」

 まあ、そうだろうな。

 西から雨雲が押し寄せてくるように、胸の中に、鈍重な不安が湧き出る。

 あの父親に、美桜がどうしているのかを聞くことはできなかったが、もう、心の何処かで答えが出ているようだった。

 その答え合わせをするように、彼女は言った。

『美桜様は、貴方のために未来を売りました。ヒイラギ様も経験していることだから理解できると思いますが…、未来を売ってしまうと、そこには「空虚」が流れ込みます。何をやっても上手くいかない。満たされない。不運ばかりが巻き起こる…、寂しくて、悲しい日々が待ち受けているのです…』

「………」

 僕はバックミラー越しに女を見た。

 女は消えていた。

 だけど、声だけが頭の中に響いた。

『そうですね、結果だけを言いましょう。空虚になった彼女には、こんな不運が降りかかりました』

 身を硬くする。

『骨肉腫が再発しました』

 全身に鳥肌が立った。

 数歩先の会話を読んだかのように、女はあらかじめ言った。

『今は、都内の病院に入院しています。いいですか? これは運命なのです。未来を売り、空虚になった彼女に降りかかった運命です。貴方がどうこうできるものではありません。もちろん、先ほど、娘の病気に嘆き悲しみ怒っていた彼女の御父様にも…』

 耳元で囁く。

『こうなる、運命だったのですよ。そんなものなんです』

「……」


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