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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
104/112

その⑦

        ※

 三週間後、東京のとあるショッピングモールにて、映画公開に先駆けたイベントがあった。

 なんてことはない。吹き抜けの開けた空間に特設ステージを設けて、司会者のインタビューに答えた後、サイン会を行うだけ。映画監督も来なかったし、主演俳優も来なかった。小説の販売促進のための、いまいち、やる気の感じられないイベントだった。

 その割に、多くの人が集まった。野次馬が半分、真のファンが半分ってところだろうか? 壇上に登ると、控えめな歓声が聴こえ、アイドルにでもなった気分だった。

 実写映画が公開となるわけですが、どんなところが見どころですか?

 知らねえよ。脚本書いたやつに聞けよ。

「そうですね、主人公とヒロイン、二人の心のすれ違いや…、クライマックスにかけての気持ちの変化を見ていただければ…」

 次回作はどんなものを書こうと思っていますか?

「そうですね。まだ詳しいことは言えないのですが…、今まで通り、『生きる小説』を書こうと思っています」

 生きる小説とは?

「読んだあとに、『生きていこう』って思える小説です」

 素敵な小説ですね。

 そんな…、なぞるようなインタビューが続いた。

 喉の渇きを感じた頃、ようやく、インタビューからサイン会に移った。

 ステージの上に、机と長机を置き、その隣に、僕の作品を山積みにする。顔をあげてみれば、集まっていた人たちが、利口に一列に並んでいた。

 ざっと数えて、百人はいるだろうか? いや、この本を売り切るまでは終わらないだろうから…、うん、もう少し時間がかかりそうだな。

 ヒイラギ先生、大ファンです。

 ヒイラギ先生、最新作読みました。

 ヒイラギ先生、ありがとうございます。

 ヒイラギ先生、感激です。

 僕の前に立つ者たち、皆そんなことを言った。僕が本にサインを書くと、「ありがとうございます! 大事にします」と言った。中には、感激して泣くやつもいた。それほど、僕の小説と、サインには価値があるということだった。これが埃を被ったり、オークションサイトに出品されるのはいつの日になることやら。

 めんどくせえなあ…。

 腕が疲れたなあ…。

 顔に愛想笑いを貼り付けて、僕はサインを書き続けた。

 百人ほどを相手にした頃だろうか?

 僕の前にスーツ姿の男が立った。

 僕はにこやかに「こんにちは」と言う。

 男は無言で、さっき買った僕の最新作を渡してきた。

 僕は、なんだよ、愛想の無いやつだな。僕みたいに嘘でも笑えよ。と思いながら、「ありがとうございます!」と言って本を受け取ると、サインを書く。インクが少なくなったのか、少し掠れてしまった。

 背後に控えている月山さんに新しいのを用意してもらおう。

 本を、男に返す。

「次回作も楽しみにしていてくださいね」

「何処で買ったんだ?」

「え?」

 男は、怒りの籠った声で言った。

「何処で買ったんだ?」


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