その⑦
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三週間後、東京のとあるショッピングモールにて、映画公開に先駆けたイベントがあった。
なんてことはない。吹き抜けの開けた空間に特設ステージを設けて、司会者のインタビューに答えた後、サイン会を行うだけ。映画監督も来なかったし、主演俳優も来なかった。小説の販売促進のための、いまいち、やる気の感じられないイベントだった。
その割に、多くの人が集まった。野次馬が半分、真のファンが半分ってところだろうか? 壇上に登ると、控えめな歓声が聴こえ、アイドルにでもなった気分だった。
実写映画が公開となるわけですが、どんなところが見どころですか?
知らねえよ。脚本書いたやつに聞けよ。
「そうですね、主人公とヒロイン、二人の心のすれ違いや…、クライマックスにかけての気持ちの変化を見ていただければ…」
次回作はどんなものを書こうと思っていますか?
「そうですね。まだ詳しいことは言えないのですが…、今まで通り、『生きる小説』を書こうと思っています」
生きる小説とは?
「読んだあとに、『生きていこう』って思える小説です」
素敵な小説ですね。
そんな…、なぞるようなインタビューが続いた。
喉の渇きを感じた頃、ようやく、インタビューからサイン会に移った。
ステージの上に、机と長机を置き、その隣に、僕の作品を山積みにする。顔をあげてみれば、集まっていた人たちが、利口に一列に並んでいた。
ざっと数えて、百人はいるだろうか? いや、この本を売り切るまでは終わらないだろうから…、うん、もう少し時間がかかりそうだな。
ヒイラギ先生、大ファンです。
ヒイラギ先生、最新作読みました。
ヒイラギ先生、ありがとうございます。
ヒイラギ先生、感激です。
僕の前に立つ者たち、皆そんなことを言った。僕が本にサインを書くと、「ありがとうございます! 大事にします」と言った。中には、感激して泣くやつもいた。それほど、僕の小説と、サインには価値があるということだった。これが埃を被ったり、オークションサイトに出品されるのはいつの日になることやら。
めんどくせえなあ…。
腕が疲れたなあ…。
顔に愛想笑いを貼り付けて、僕はサインを書き続けた。
百人ほどを相手にした頃だろうか?
僕の前にスーツ姿の男が立った。
僕はにこやかに「こんにちは」と言う。
男は無言で、さっき買った僕の最新作を渡してきた。
僕は、なんだよ、愛想の無いやつだな。僕みたいに嘘でも笑えよ。と思いながら、「ありがとうございます!」と言って本を受け取ると、サインを書く。インクが少なくなったのか、少し掠れてしまった。
背後に控えている月山さんに新しいのを用意してもらおう。
本を、男に返す。
「次回作も楽しみにしていてくださいね」
「何処で買ったんだ?」
「え?」
男は、怒りの籠った声で言った。
「何処で買ったんだ?」




