その⑤
月島さんがくどいくらいに聞いてきた。
「ヒイラギ先生、美桜さんって誰ですか?」
「…恩人だよ」
僕はそう答えるようにしていた。
だが、彼女と行ったあらゆる場所を回り、彼女がそこにいないのを実感するたびに、僕の中に、「美桜は存在しない」という錯覚を増大させていった。
そして、遂にはこう言うようになった。
「…僕の、想像の中の女性だよ」
実際は存在する。だけど、そうでも言わないと、心が潰れてしまいそうだった。
それから半年、僕は月山さんの助けを借りながら小説を書いた。処女作、二作品目、三作品目で、僕の小説家としての地位は完全に確立され、編集部を歩けば、ちょっとした王様のような扱いを受けるようになった。映画の製作も順調に進み、その中で、主演俳優と女優と顔を合わせた。写真で見るよりも不細工だと思った。
ファンの数は着実に増え、編集部に大量のファンレターが送られてくるようになった。「新作、感動しました」「最初からファンです」「大好きです」「これからも頑張ってください」…。好意的なものがほとんどだったが、中には「つまらない」と書かれていたものもあった。
そういう批判的な作品を見つけた時、僕よりも月山さんの方が憤慨していた。
「ごめんなさい! この手紙、すぐに処分しますね!」
「いや、いいよ」
僕は手紙を今に握りつぶそうとしている月山さんを制した。
「全部、保管しておくよ」
「……何で?」月山さんは腑に落ちないような顔をしていた。「こういうネガティブな手紙は、先生のコンディションに影響します。担当編集としては、あまり見せない方が…」
「それでいいんだ」
僕は月山さんから手紙を取ると、丁寧に折りたたんだ。
「この手紙の送り主は、『つまらない。小説家辞めちまえ』って思ったんだ。それでいいじゃないか。読む価値は無いけど、捨てる価値はない」
「いや、これ、先生に嫉妬している人の手紙ですよ! 絶対に読んでいません」
「そうとも言えるし、そうじゃないかもしれない」
いつの日か、彼女が僕に言ったことを思い出しながら言った。
「僕の小説は、『生きる小説』だ。何も持たない主人公が、何かを手に入れ、生きる力を得るための物語だよ。それが僕の小説の鉄則だ。最初から幸せな奴とか…、小汚く生きているやつにななんか、僕の小説が理解されてたまるかってんだ」
そういう奴に理解されない時、僕の小説は価値を持つ。
負け惜しみじゃない。そうであってほしいと切に願う。
ただ、誰かさんの受け売りを言っただけなのに、月山さんは顔を真っ赤にして、目をキラキラと輝かせていた。そして、「素敵です!」と言った。
ああ、素敵だよ。
あいつがな。




