第一章『未来を売った』その①
幼い頃、未来を売ったことがある。
「未来を売ってみませんか?」
あの日、僕の目の前に現れた女はそう言った。
絵本に描かれているかのような黒いマントで華奢な身体を包み込み、銀色の長髪が風に靡いている。前髪のせいで目元はわからないが、口元を妖艶に微笑んでいた。ふわっと、ザクロのような香りが僕の鼻を掠める。
女はもう一度言った。
「ねえ、未来を売ってみませんか? 貴方のその、『価値ある未来』を」
【十年後】
小学生の頃、人助けをしたことがある。
「道を教えた」とか、「重い荷物を持ってあげた」とか、「転びそうになったところを支えてあげた」…とか…、そんなちっぽけなものではない。僕は、今に消えそうな人の命を救ったことがあったのだ。
ピコン! と、ポケットの中に入れていたスマホが鳴った。
人通りの少ない路地を歩いていた僕は立ち止まり、電柱の方に寄っていって、スマホを取り出す。『お金のことで相談があります』という内容のメッセージを受信していた。
差出人は、僕の母親。
「ったく」と、僕は舌打ちをうつと、返信せずにスマホをポケットの中にねじ込んだ。
そして、また歩き出す。
ピコン! と、またスマホが鳴った。
「………」
僕は立ち止まる。また見ると、母親から「返信ください」というメッセージを受信していた。
僕はスマホを壁に投げつけたい衝動を抑えながら、「今、外出中。またあとで連絡する」と返信した。スマホをポケットにねじ込む。
また歩き出す。
ピコン! と、またまたスマホが鳴った。
無視しても良かったのだが、僕はA型なんだ。メッセージを受信したらすぐに確認しないと、なんかこう…、落ち着かなかった。
見ると、「お返事待っています」と書いてあった。
僕は何も返信せずに、スマホをポケットに入れた。
そして、もう何も受信しないように祈りながら、ゆっくりと歩き出した。