17.そういう事だよね?
「あー!終わってよかった」
「イシュト!お疲れ様」
ホワイトデイ三日前に、ギリギリでネックレスとブローチが出来上がった。
納品しに行ったら、すでに合計二十個のアクセサリーセットの予約は完売したと聞いて驚いた。
バレンタイン当日、バレンスイートのカフェに予約した時間に行くと、個室席に通されてカップル限定のドリンクとケーキがサービスされるらしい。
それを食べてからプレゼントを渡すまで、お店でサポートしてくれるんだって。
何かスゴイサービスが追加されていた。
エレナ達は、とても忙しそうだった。
そして、ついに明日はホワイトデイ!
私はイシュトとシェリーズの二階を借りて、ジュースとお菓子で打ち上げをしていた。
「思ったより大変だったけど、楽しかったなぁ」
「私も!自分が描いたデザインのアクセサリーが出来ていくの見るの楽しかった」
「結局、タインスイートの商品にも採用されたんだよな?」
「そうね、ホワイトデイの定番になるんじゃないかって、エレナに言ってもらえたわ」
「良かったな。それにしても、ずいぶんエレナ嬢と仲良くなったな」
「エレナは、噂をそのまま信じたりしないし、あり得ないような事でも、頭から否定しないで話を聞いてくれるの。一緒に居るのがとても楽しいんだよね」
あれからも、エレナは私の前世の話を真剣に聞いてくれた。
今まで誰にも言えなくて、私は少し寂しかったみたい。
だから、構ってくれる人がいると嬉しくて、周りがよく見えていなかった。
エレナに注意されなければ、危うく『複数の殿方を誑たぶらかす悪女』になる所だった。
「いい友達が出来て良かったな」
「友達って言ってもいいのかな? 今は仕事の話がほとんどなんだけど」
「いいんじゃないか? 友達なんて一緒に居て楽しかったら、自然とそうなってるもんだろ」
「イシュトもサージス様と、自然と友達になったの?」
「あー、俺達も最初は商談からだな。スワリエ侯爵領は魔の森が近いから、守護石をできるだけ領民にも渡したいって相談されて、俺が叔父さんと交渉して、少しずつ侯爵家に納品する契約をしたのが最初だな」
「それで仲良くなったの?」
「商談の中継ぎ相手から、一年かけて仲良くなった」
「そうなんだ。私もエレナともっと仲良くなろっと」
そう決意して、手にしたクッキーを一口かじった。
ホワイトデイのお返しの意味は、興味なしらしい。
ん、この差し入れってエレナから貰ったんだけど、私に興味無いって意味じゃないよね?まだホワイトデイじゃないから違うはず……よね?
そんな事を考えて私がワタワタしていたら、イシュトが隣で何か思い出したように手を叩いて言った。
「あ!そうだ、お前エレナ嬢に第一号貸したまま忘れてたな?」
そう言って、彼が鞄から取り出したのは、宝石付きのネックレス第一号だった。
「え?何でイシュトが持ってるの?」
「エレナ嬢に前会った時、返しといてと頼まれた」
「いつの話よ?」
「二週間ほど前?」
「そんな前から、受け取ったまま忘れてたのね?エレナも私に直接返してくれれば良かったのに」
「お前も言われるまで忘れていたんだから、お互い様だろ?よし、無くさないように着けてやるよ」
そう言って、イシュトは私の後ろに回り、ネックレスを着けてくれた。
「ありがと……??」
お礼を言おうとしたら、突然後ろから抱きしめられた。
軽くなので、振り払おうと思えば抜け出せたけど、出来なかった。
私の背中にある椅子の背もたれの分だけ、まだイシュトとの距離はある。
少し落ち着こうと彼の腕に右手で触れた。
子供の頃とは違う、がっしりした男の人の腕だった。
「あのさ、そのネックレス。他の人に貸さないでほしいんだけど」
イシュトの声が思ってたよりも近くで聞こえて、私の顔が熱くなる。
いつもの彼と違う、なんだか少し拗ねているような声に、私の鼓動が早くなった。
「だ……ダメ、だった?」
「駄目だ。これは、俺がエレーナの為に作った物だから」
「試作品第一号じゃないの?」
「俺、試作品なんて言ったか?」
言われてあの時の事を思い出す。
確かに、第一号と言ってたけど、試作品とは言っていなかった。
「ごめん、試作品だと思ってた」
「まぁ、俺も説明不足だったのは認める。エレナ嬢に言われたよ、エレーナは常識に疎いから『ちゃんと話さないと気付いてもらえませんよ』って」
確かに、この世界の人に生まれ変わって、みんなと同じ年月を過ごしているのに、どうも前世の常識に囚われて脳内で変換してしまうみたいで、私はこの世界の常識に疎いと最近気がついた。
「このネックレス、何か意味があるの?」
「この花、何の花か分かるか?」
イシュトは私の右肩に顔を近づけて、首元で光るネックレスを見て、飾り部分を指差した。
色が付いてないから、貰った時は分からなかったけど、今なら分かる。
最近この花をスケッチして、ネックレスのデザインを頼まれて描いたから。
「薔薇、だけど……。葉の部分がハートの形に似てるから、国花のピンクローズね?」
「そう、国花を模した装身具に、自分の目の色を入れて贈る意味、分かるか?」
「んー、好きな人にプレゼントするとか?」
少し冗談めかして言ったけど、内心バクバク。
イシュトは、もしかして私の事を……。
「違う」
「え、あ、うん」
少し期待した所で『違う』と言われて、思ったより落ち込んだ。何でだろう?
今度は、私が少し拗ねたように口を閉じた。
「これな、プロポーズする時にプレゼントする物なんだ」
「んむ?」
思わぬ回答に驚いて右を向くと、ものすごく近くにイシュトの顔があった。
少し意地悪そうな笑顔。
それなら、私の答えも間違いじゃない時思うんだけど?
「普通は、国花が刺繍されたリボンとか、国花を模したガラスに、色をつけたアクセサリーを贈るんだ。高位貴族になると、守護石を贈る事もある」
「これをエレナに貸して売り込みしてもらった時、婚約者に贈られたのかって聞かれてた!」
「まぁ、ピンクローズ型のアクセサリーな時点で言われるよな」
「だから、これ借り物だって話してたのね」
「否定しないと、エレナ嬢の婚約者の目の色は、茶色だって事になるからな」
イシュトの瞳の色は、薄めの茶色。このネックレスに付いている宝石と同じ色だった。
「俺の目の色は、良くある色だから特定はされないだろうけど、サージスに怒られそうだ」
「やっぱりエレナの婚約者って、サージス様なの?」
「噂はあるけどな。あまり詳しくは聞いてない」
「何で?」
「男同士で、婚約者がーなんて話はしないから」
なるほど、あまり気にしてないのね。
そういえば、私が最近描いたピンクローズデザインのネックレス。あれもプロポーズに使われるのかな?
「これから、私達が作ったネックレスが、プロポーズの定番になるのかな?」
「まだ値段が高いから少しずつな、とりあえず貴族の間では広がるかもしれない」
キラキラ輝く宝石達を、日が当たる場所に出してあげる事ができた。そして、これから少しずつでも広がる可能性が見えて来た。
それだけで、私はとても嬉しかった。
「それより、分かってるか?それ、第一号なんだぞ?」
「分かってるよ。宝石が付いたアクセサリーのでしょ?」
「それもあるけど、プロポーズに使われる第一号だ」
「え?」
最後の言葉を早口で言われたので、私の理解が追い付かないまま、イシュトは私の後ろから前に移動して跪いた。
「エレーナ、ずっと好きだった。俺と結婚して下さい」
「はい」
動揺しすぎて、思わず返事をしてしまった。
返事をしてから、従兄妹って結婚できるんだっけ?とか混乱したけど、私の返事を聞いたイシュトが凄く嬉しそうに笑ってくれたから、何だか私も凄く嬉しくなった。
彼に手を引かれ立ち上がり、抱きしめられる。
他の人達と気軽にハグした時は、何とも思わなかった。
でも、今イシュトに抱きしめられて、私は安心感と幸せで胸がいっぱいになった。
この気持ちって、そういう事だよね?
私は、今、恋に落ちたのかもしれない。




