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僕はルービックキューブ部の体験説明会へ行った

~ ショートカットのモモカさん ~

 僕はルービックキューブ部が体験説明会をやっている物理教室に来て驚いた。

 見学者が大勢いて、大盛況だ。

 一体、何人いるんだ。

 男子も女子もいる。

 半々ぐらいだろうか。


 教室の一角に群衆があった。

 きっと、あの中にアオイさんがいるに違いない。

 群衆の隙間から中を覗き込むと、アオイさんの姿が見えた。

 ほら、やっぱり。


 隙間に体を潜り込ませて少しずつ進み、なんとかアオイさんの手元が見えるところまで来た。アオイさんは黙々とキューブを回していた。急に、キューブを離して両手で机を軽く叩いた。机の上に置いてある電光掲示板のタイムが止まった。


  9秒000


 「おおー」と歓声が上がる。

 なるほど。

 アオイさんが叩いたのはあの細長いやつでストップウォッチになっているのだな。

 恐らく両手でなければ止められない仕組みなのだろう。


 アオイさんは目を閉じて背筋を伸ばし、大きく息を吸った。

 ちょっと疲れたのだろうか。

 アオイさんはポケットからヘアゴムを取り出し、長い髪を束ねた。

 そして、キューブを右手で持ち、右手だけで器用に崩し始めた。


 ああやって、片手で崩すんだ。

 なんか、崩し方もカッコいい。


 アオイさんは崩れたキューブを暫く見つめ、キューブを机の上に置いた。タイマーの真ん中のボタンを押すと、電光掲示板にはオレンジ色の文字で「0秒000」と表示された。タイマーの両端に両手を置き、しばらくすると電光掲示板の秒数がオンレジ色から鮮やかな黄緑色に変化した。

 アオイさんはキューブを手に取り回し始めた。


 回し方が、やっぱりすごい。

 何がすごいのかよく分からないが、少なくとも僕の回し方と全然違う。

 僕は高速で動く白く細い指に目を奪われた。


 何度か見ている内に、アオイさんの指の動きが少し分かったような気がした。

 僕の回し方と全然違う。

 僕は、五本の指全部を使い、キューブを鷲掴みにして、回す。

 アオイさんはそれを一本の指でやっているのだ。

 人差し指を使うこともあれば、親指を使うこともあるし、小指も使う。

 五本の指全部を自由自在に使い、ルービックキューブをあらゆる方向に回している。

 そして、アオイさんは体をほとんど動かさない。

 動いているのは指先だけ。

 指先以外がまったく動かない訳では無いが、必要最小限で無駄が無い。

 無駄が無くて美しい。

 美しい物は何度見ても飽きない・・・。


 アオイさんは一体どのぐらいトレーニングを積んだのだろう。

 一体、何を食べたらそんな風になるんだろう。

 あとでアオイさんに好きなアイスクリームは何か、聞いてみよう。


 アオイさんを取り囲む群衆はアオイさんがタイマーを止める度に少しずつ入れ替わり、気付いたら僕はアオイさんの真正面に立っていた。


モモカ

「体験入部希望者はクラスと名前を書いてくださーい」


 不意に後ろから声が聞こえた。

 ショートカットの女子。

 名前は確か、モモカさん。

 用紙が無くなったら大変だ。

 僕は慌てて、群衆をかき分けてモモカさんの前に出た。


モモカ

「はい、どうぞ。

 クラスと名前を書いてね。鉛筆はあっちの机にあるわ」


「あ、ども」


 僕はモモカさんをぼーっと見てしまった。

 アオイさんのスピードキューブが凄すぎて、ついついアオイさんばかりを目で追っていたが、モモカさんもかなり可愛いぞ・・・。


 僕はモモカさんに言われた通り、名前を書いた。

 そして、我に返った。

 僕は、何をしている?!

 僕はルービックキューブ部に入部するつもりか?

 また、膨大な時間を無駄にするつもりなのか?

 小学校、中学校のときの剣道部。

 何も得るものが無かったじゃないか!

 辛いだけだったじゃないか!

 そう、完全に時間の無駄だった・・・。

 僕はまた、繰り返すつもりなのか?!

 いや・・・、違う。

 剣道部とルービックキューブ部は違う。

 ルービックキューブ部は・・・、そう・・・、楽しそうだ。

 アオイさんがいるし・・・。

 いや、違う!

 もしも、楽しくなかったらどうする?!

 楽しくなかったら剣道部と一緒だ!

 いや、そもそも、楽しければいいのか?

 楽しけりゃ、それでいいのか?!

 楽しい時間を過ごしたからって、やはり時間を無駄にするのは同じだ!

 ・・・僕は一体何で迷っているのだ。

 高校では絶対に部活に入らないと決めていたはずなのに。


 僕が頭を抱えていると、またモモカさんの声がした。


モモカ

「それでは、今からルービックキューブ部の説明をしまーす。

 先ず、自己紹介でーす」


 アオイさんは、モモカさんの横にちょこんと立ち、髪を束たヘアゴムを取ってポケットにしまった。


 キューブを回していたロングヘアーの女子はアオイさん。(それは知っていた)

 今、説明しているショートカットの女子はモモカさん。(それも知っていた)

 二人とも一年生と知って驚いた。

 部活紹介は二年生以上がやるものだと思っていた。

 二人は全国大会への出場を目指しているらしい。


モモカ

「そのためには何としてでも、部員全員が30秒以内で六面を完成できるようになってもらいます!!」


 お?

 おお?

 ぶ、部員全員が30秒以内?

 そうなんだ・・・。


 モモカさんの説明に熱が帯びてきた。


モモカ

「私たちは、どうしても全国大会に出たいんです。

 大会の名前は『全国高等学校スピードキューブ選手権大会』と言います。

 通称『夏の兼六園』です。

 甲子園のようなものだと思ってください。

 私たちと一緒に兼六園に行きましょう!

 よろしくお願いします!」


アオイ

「お願いします」


 二人はペコリとお辞儀をした。

 僕はびっくりした。

 声のトーン、声の大きさ、そして、その表情から、二人の本気が伝わってきた。


 顔を上げたアオイさんと目が合った。

 僕も練習したらアオイさんのようになれるだろうか。

 そして、夏の兼六園に行けるのだろうか。

 あんなに部活が嫌だったのに。

 今まで部活で無駄な時間を過ごしたというのに。

 ・・・でも、ルービックキューブなら、ひょっとして・・・。


 アオイさんは僕をずっと見つめていた。

 アオイさんの目は少しつり目で、黒目は大きくて、透き通っている感じがして、どこか物憂げで、何だか吸い込まれそうだ・・・。


 え?

 なぜ、アオイさんは僕のことを見ているのだろう。

 そう気付いたと同時に僕は、アオイさんは僕に「一緒に大会に出てほしい」と訴えているに違いないと確信した。


 よし、分かった!

 出たろうじゃん!

 一緒に出たろうじゃん!

 夏の兼六園へ!


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 僕は、感極まって叫んだ。

 僕のあとに数人、他の見学者からの声が続くことをほんの少し期待したが・・・、僕だけのようだ。

 顔を上げて、辺りを見回すと・・・。


 ・・・あれ?

 アオイさん、モモカさん、そして僕の三人だけだった。

 あんなにたくさんの人がいたのに・・・。


 床に用紙が二、三枚落ちていた。

 モモカさんがその用紙を拾おうとし、そのまましゃがみこんだ。


モモカ

「は~・・・。完璧だと思ったのに・・・」


 アオイさんがニコニコしながらモモカさんの横にしゃがみ、よしよし、とモモカさんの頭を撫でた。


モモカ

「あなた、入部希望者?」


 僕は小さくうなずいた。


モモカ

「そう・・・。

 ありがとう・・・」


 ど、どうしよう・・・。

 どうリアクションすればいいんだ?

 今すぐ、この教室から逃げようか・・・。

 そんなことを考えていたら、急にモモカさんが立ち上がった。


モモカ

「くよくよしても仕方が無いわ!

 今日一名入ってくれたから、このペースをキープすれば三日で三名!

 目標の五名に到達するわ!

 入部してくれて、ありがとう!」


 僕は、モモカさんに肩をバシバシ叩かれた。


「あ、いえ。

 ・・・あ、あの、聞いてもいいですか?

 僕も、その、アオイさんみたいに、速くルービックキューブを揃えられるようになりますか?」


モモカ

「もちろんよ!

 あーちゃんレベルになれるかどうかはあなた次第!

 そしたら、モテモテよー」


「わ、分かりました。お願いします」


 僕は手に持っていた仮入部届をモモカさんの前に差し出した。


モモカ

「え? そこ?」


「え?」


モモカ

「モテモテが決め手?」


「違います!」

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