僕はスピードキューブに感動した
~ ロングヘアーのアオイさん ~
ステージに女子の先輩が二人。
ショートカットの先輩とロングヘアーの先輩。ショートカットの先輩がマイクを持って机の横に立っている。ロングヘアーの先輩は椅子に座っている。机の上にルービックキューブ。左右の電子黒板に机の上のルービックキューブがアップで映し出されている。
モモカ
「あ。あ。マイク入っている?
えーと、こんにちは。私はモモカと言います。よろしくお願いします。
座っているのはアオイさんです。
今からルービックキューブ部の紹介をします。
ルービックキューブはいろんな楽しみ方があります。私たちルービックキューブ部は、『スピードキューブ』をメインの活動にします。スピードキューブというのは簡単に言うと、六面揃える速さを競う競技です。
見てもらった方が早いと思うので、実際にやります。机の上にぐちゃぐちゃに崩れたルービックキューブがあります。
それでは、始めてください」
ん?
どういうこと?
何を始めるって?
ロングヘアーの先輩がそっと両手を机の上に置いた。
同時に電子黒板に映っているルービックキューブの下に鮮やかな黄緑色の文字で「0秒000」と表示された。
その両手でキューブを持つと、電子黒板のタイマーが始動した。
ものすごい速さでルービックキューブを回している? ように見える。
実のところ、何をしているのかよく分からない。
そして、「バン」という音と共にタイマーが止まった。
ルービックキューブは綺麗に六面の色が揃っている。
タイムは「9秒000」
「うぉー」という歓喜とも溜息ともとれる声が講堂に溢れた。
モヒカン
「うぉー! すげー! なぁ、あれ、すげーな!」
隣のモヒカンお笑い芸人男に肩をバンバン叩かれた・・・。
頼むから、僕に絡まないでくれ・・・。
モモカ
「今、アオイさんは両手を使って六面を揃えました」
え? 両手? どういう意味?
モモカ
「今度は片手で六面を揃えます」
片手!?
モモカ
「私がルービックキューブをぐちゃぐちゃに崩します。
あ、そうだ。
さっきのタイムはジャスト9秒でしたが、今度は何秒になると思いますか?」
ショートカットの先輩はマイクを僕たちの方に向けた。
「12秒!」
「20秒!」
「23秒!」
モモカ
「はい、ありがとうございます。
それでは用意が出来たみたいです。
始めてください」
ロングヘアーの先輩は、今度は右手だけでキューブを回し始めた!
そしてまた、「バン」という音と共にタイマーが止まった。
今度のタイムは「9秒000」
「えええぇぇぇ!」という大絶叫。
僕も思わず叫んだ。
まさか、千分の一秒まで同じタイム!
モモカ
「これはタネも仕掛けもありません。
体験会でも同じことをしますので、確かめに来てください。
えーと、ルービックキューブは本当は簡単なんです。
私も教えてもらって、簡単に六面揃えられるようになりました。
体験入部もOKです。今日から三日間、体験会をやります。お気軽にお越しください」
(はい、あーちゃんも何かしゃべって)
アオイ
「・・・お願いします」
二人はペコリとお辞儀をし、キャスター付きの椅子と机を押して、いそいそとステージの脇に消えた。
アナウンス
「これで部活紹介を終わり、体験説明会に移ります。
体験説明会は今日から三日間です。
講堂の出口に体験説明会のしおりがあるので、必ず一人一枚取ってください。また、各部活のちらしがありますので、気になる部活のちらしを取ってください。しおりとちらしを取った人から、それぞれの部活の体験説明会の会場に移動してください。
繰り返します。
これで部活紹介を終わり、体験説明会に移ります。体験説明会は・・・・」
僕はしばらく呆然とし、椅子から立ち上がれなかった。
正直なことを言おう。
実は感動した。
めちゃくちゃ感動した。
僕はさっき見たことを脳内リピートする。
ロングヘアーの先輩は、人間業とは思えない指さばきだった。
それと、ついつい手の動きばかりを見てしまったが、かなりの美人だったような気がする。しまった、ちゃんと顔も見ておけば良かった。
できれば、今度はもう少し近くで見てみたい・・・。
気が付くと、座っているのは僕だけだった。隣のお笑い芸人みたいな奴もいなかった。
慌てて立ち上がって、講堂の出口に出来ている行列の最後尾に並び、アナウンスで言われた通り、しおりを取った。しおりには全ての部活の名称、簡単な活動内容、そして、体験説明会の会場の場所が書かれていた。それと、僕はまったく興味の無い数学部のちらしを取り、そのついでのフリをして隣にあるルービックキューブ部のちらしを取った。
『 新設!ルービックキューブ部 』
『 体験説明会は今日から三日間 』
『 毎日 放課後、物理教室にて! 』
『 体験入部歓迎! 』
『 楽しいよ! 』
『 みんな来てね! 』
この物騒な絵はなんだ?
ああ、豚か。
こっちは狼か。
ということは、よだれを垂らした狼の魔物と、よだれを垂らした豚の魔物が、一つのルービックキューブを持っている絵・・・か。
シュールすぎる・・・。
ってゆーか、この絵、どこかで見たことがあるような気がする。
どこだったかな・・・。
ルービックキューブか・・・。
一回だけ六面揃えたことがあったな。
確か小学一年生ぐらいの頃。家でルービックキューブを見つけた。断片的に絵や文字が書いてある少し変わったキューブだったが、それ以外は普通だった。
きっと六面揃えたら意味が分かるヤツだ、って思って謎解き気分で挑戦した。自力で一面揃えることはできたが、二面以上は無理だった。インターネットで検索して、揃え方のサイトを見つけて、六面揃えた。
六面揃ったとき、めちゃくちゃ嬉しかった。
親にインターネットを見ながら揃えたって言ったら、お母さんからは「それより宿題は?」、お父さんからは「ルービックキューブなんか時間の無駄」って言われた。
そう言えば、あのルービックキューブはどこへ行ったんだろう。僕に見つからないようにどこかに隠したんだろうか。それとも、捨てられてしまったのだろうか。
ちらしを眺めながらそんなことを思い出した。
ちらしには「楽しい」という文字が、やたらと強調されていた。
僕はその「楽しい」という文字に、イラっとした。
部活を楽しいというヤツは、たまに、いる。
そんなのは嘘だ。
部活が楽しい訳が無い。
でも・・・。
ロングヘアーの先輩みたいなことができたら、確かに楽しいかも知れない。
それにしてもすごかった。
何がなんだか訳が分からなかったけど、とにかくすごかった。
僕はロングヘアーの先輩のルービックキューブをもう一回ちゃんと見たいと思った。
名前は確か・・・、アオイさん。
そんなことを思いながらちらしから顔を上げたら、目の前にそのアオイさんが立っていて、目が合った。
至近距離で焦った。
(あ、ども)
会釈をしたら、アオイさんも少し微笑んで会釈した。
とっさに「ルービックキューブ、すごいですね」と言おうとしたら、巨大な背中が割り込んできた。
さっき隣に座っていたモヒカンお笑い芸人男だ。
「お前、ルービックキューブ、すげーな。
今度、俺と勝負しようぜ。
とは言っても、大昔に一度だけ揃えたっきりだけどな。
がははは!」
な、何だこいつ。
しかも、いきなり先輩にため口とは。
マジでヤバいヤツだ。
近寄らない方がいい。
僕はそそくさと講堂を出た。
アオイさんは、やっぱり美人だった。
瞼を閉じて、さっきのアオイさんの微笑み会釈をリピート再生した。
ニコッと微笑むアオイさん・・・。
そして、僕とアオイさんの間に割り込むお笑い芸人・・・。
いらん物まで再生してしまった・・・。
はぁ・・・。
・・・やっぱり、帰ろう。
僕はかばんを取りに教室に戻った。
教室には誰もいなかった。今頃それぞれの部活の体験説明会に行っているのだろう。
そう思いながら、僕はまた手に持ったちらしを見た。
狼の魔物と豚の魔物の絵。
この絵、やっぱりどこかで見たことがある。
どこだっけ?
・・・アオイさんのルービックキューブ。
すごかった。
すごかったというか、なんか、カッコ良かった。
もう一回見たい。
できればもっと近くで見てみたい。
でも・・・。
そのとき僕はちらしに『体験説明会は今日から三日間』と書いてあるのに気付いた。
ああ、そうか。アオイさんのルービックキューブを公然と間近で見られるチャンスはこの三日間だけということか。
ならば、仕方が無い・・・。
僕は物理教室へ行くことにした。