僕にはわざわざ部活に入る理由が無い
~ ルービックキューブ部 1日目 ~
僕は中学までは剣道部だった。
剣道が好きと言う訳では無い。中学は部活に入らなければならなかったので、小学校のときにやっていた剣道を選んだ。今思えば時間の無駄だった。得るものは無かった。部活に費やした時間を返して欲しい。
僕が入学したこの究武館高校では部活は必須ではない。だから僕は、この高校に入るために頑張った。部活に入らなくてもいいのであれば、わざわざ入る理由が僕には無かった。
高校生活が始まって三日目、今日は部活紹介がある。
部活に入るつもりが無い僕にとっては時間の無駄だが、単なる部活紹介だけではなく、究武館高校の全ての部活が新入生歓迎の意味も込めて、様々な出し物を用意しているらしい。このため、一年生全員が参加しなければならないらしい。僕はしぶしぶ講堂へ向かった。
講堂はこの高校で一番大きな教室で、一つの学年全員が座れるぐらい広い。形は扇形で、ステージがあり、ステージの上には電子黒板が横に三台並んでいる。電子黒板はタッチパネルになっていて指先で操作できるし、直接文字や図形を書くこともできる。パソコンやタブレットの画面を映すこともできる。普段は白いのに「黒板」とは不思議な名前だが、本当に黒かった時代があったらしい。
講堂に入ると既に結構な人数の一年生がいた。
後ろの方に座りたかったが、後ろは空いていなかった。仕方無く、前から三列目の空いている席に座った。よく考えれば、僕はどちらにせよ部活はやらないのだから、前でも後ろでもどちらでも関係無い。
席に座り、隣のヤツをちらっと見たら、えらいガタイの良い大男が座っていた。
こいつも一年生なのか?
体格的に同じ一年生とは思えない。ニコニコしていて、微妙に頭を横にゆっさゆっさと揺らしている。髪型が個性的で、ほぼ丸坊主なのだが上の方だけ 2~3cm の長さでツンツンに立たせている。
なんか、お笑い芸人みたいだな・・・。
ああ、いかんいかん、ついつい見てしまった。
話し掛けられたりしたら面倒だ。
僕は腕を組み、正面を向いた。
始業を知らせるチャイムと同時に講堂は徐々に暗くなり、ステージ上が徐々に明るくなった。照明に合わせて雑談も徐々に消え、静かになった。
アナウンス
「これより部活紹介を始めます。最初に校長先生のあいさつです」
壇上の校長先生が軽く礼をした。
僕たちも礼をした。
校長
「えー、本校は部活動を必須としていませんが、推奨しています。
運動不足解消、知識や技能の習得という側面もありますが、それ以上に高校生でなければできない、ということもあります。
仲間と白球を追ったり、仲間と心を一つにしてコンクールに出たり。
それは何物にも代えがたい経験になる!
そう、私は信じています。
是非とも、自分に合った部活動を見つけて頂きたい。
そして!
青春を謳歌して頂きたい。
・・・こほん。
以上です」
僕は周りにつられて適当に拍手した。
校長先生は何が言いたかったのだろうか。
言っている日本語の意味は分かるが、「で? だからなに?」と思った。
「仲間と心を一つにして」?
そんなのは時間の無駄だ。
この先、待っているのは他人を蹴落とす受験と言う名前の戦争だ。
本当に、どうでもいい話だった・・・。
早く終わらないかな・・・。
アナウンス
「校長先生、ありがとうございました。
最初の部活紹介は野球部です。
野球部のみなさん、よろしくお願いします」
ステージ上に、ユニフォーム姿の男子が二人出てきた。
バットとグローブを持っている。
なるほど、どう見ても野球部だ。
分かりやすい。
二人は自分のクラスと名前を叫んだ。
二年生らしい。
野球部部員
「ピッチャー 第一球 投げた! これはボールじゃない! エビだ!」
「バッター エビを打った! これは大きいぞ 入るか? いや、届かない! フライだ!」
「これが本当のエビフライ!! わ~~~ぱちぱちぱち~~。はい次!」
マジでか!
ぐぬー・・・、痛すぎる・・・。
こんな何の生産性も無いダジャレを聞かされるのか・・・。
1mm も面白くない・・・。
今すぐこの時間を返してほしい・・・。
と思っていたら、隣の大男が突然「がははは!」と大爆笑した。
び、びっくりした・・・。
野球部の二人が痛い駄洒落を言う度に、隣の大男はげらげらと笑った。
僕はこの大男と分かり合える日は永遠に来ないだろう。
野球部部員
「以上、野球部の部活紹介でした! ありがとうございました!」
一体どこが部活紹介だったのか理解不能だが、ぱらぱらと拍手が起こった。
僕も適当な拍手をした。
隣のモヒカンお笑い芸人男は大喜びでバチバチと手を叩いていた。
チンパンジーのおもちゃか。
サッカー部は過去の大会の実績紹介とサッカーの素晴らしさを三年生の部長が淡々と語った。
他に、バスケ部、バレーボール部、など。
剣道部もあった。
剣道部は、ちゃんと練習すれば二段になれることをアピールしていた。
で? だからなに? 二段取れたからって、何なの?
二段って、二段を取るために費やす時間分の価値があるの?
本当にそんなに価値があるの?
あー、時間の無駄だ・・・。
早く終わって欲しい・・・。
ステージ上で先輩が声を張り上げるだけの部もあったが、寸劇をしたり、野球部のようなコントをしたりする部もあったので、楽しそうに見ている一年生もいた。しかし、僕は無表情で見ていた。なぜなら、こんなことに何も意味は無いからだ。
隣のモヒカンお笑い芸人男は最悪だった。
モヒカンお笑い芸人男はゲラゲラ笑ったり、涙ぐんだり、大きな音で拍手をしたり。
とにかく、やかましい・・・。
ダメだ・・・。
僕はこういうヤツは大の苦手なんだ・・・。
なんで、こんなヤツの隣に座ってしまったんだろう・・・。
見た目でヤバいと気付くべきだった。
次からはそうしよう。
運動部の次は文化部だ。天文部、科学部、将棋部、競技カルタ部など。
運動部はコントをしたり、実演をしたり、声を張り上げたりと、体を張った部活紹介が多かったが、文化部は電子黒板に写真や動画を映し出しながら活動を紹介する部が多かった。
数学部という部もあった。
一体何をするんだ?
眼鏡を掛けた短髪の先輩がニコニコしながらマイクを持って出てきた。
数学部部員
「一年生のみなさん、こんにちは。入学おめでとう。
みなさんには是非私たち数学部の仲間になって欲しいと考えています。
数学部の主な活動を三つ紹介します。
一つめは数学オリンピックへの出場、二つめはデータ分析による戦略面での他部活のサポート、三つめは未解決問題への挑戦・・・」
いかにも数学ができそうなオーラをまとっている。優しそうな笑顔、爽やかな雰囲気、低くて落ち着いた声、そして、要点が整理された分かりやすい説明。
・・・と思ったのだが、数学の素晴らしさを話し始めた辺りから分かりにくくなり、ついには、何を言っているのかさっぱり分からなくなった。
分かりやすく情報を伝えるはずのスライドが暗号に見える。
きっと、延々と数学の問題を解くことを強要される過酷な部に違いない。
危ない、危ない。
僕はあの笑顔にだまされないぞ。
静まり返る講堂で、ただ一人ゲラゲラ笑っている奴がいた。
隣のモヒカンお笑い芸人男だ。
どこに笑える要素があるんだ?
あの先輩の説明が分かるのか?
数学が得意なのか?
全人類を数学に近い順に並べたら、間違い無く最後尾グループにいそうな風貌なのに・・・。
数学部部員
「数学こそが唯一にして、最高であり、かつ、最悪の学問です。
これは、どういう意味なのか。
この続きは体験説明会でお話しします。
以上です。ありがとうございました」
最高で最悪?
なるほど、上手いな。
興味をそそるメッセージを残し、体験説明会に誘導する作戦か。
僕は釣られないぞ。
隣のモヒカンお笑い芸人男は「行く行くー」って言っている・・・。
心の声が口からダダ漏れ・・・。
甚だ迷惑だ。
ちょっと時間が空いて、周りの一年生が雑談し始めた。
次の部が準備に手間取っているのだろうか。
もう終わってほしい・・・、早く帰りたい・・・。
僕は椅子に浅く座り、講堂の天井を見上げた。講堂の天井には白いパネルが美しい幾何学的な凹凸を作っていて、天井全体がやわらかく光っている。
僕は天井を眺めながら思った。
・・・一体何のために部活をやるのだろう。
校長先生の言葉を思い出す。
運動不足解消?
知識や技能の習得?
仲間作り?
確かにそれもあるだろう。
青春の謳歌?
耳障りのいい言葉だ。
しかし「大学進学」という大問題と比べたら、どうなんだ。
宿題をやる、テストで良い点を取る、などなど、やらなければならないことがいっぱいあるはずだ。
校長先生は「高校生でなければできないこと」みたいなことも言っていた。
それはまさしく、行きたい大学に行くために勉強することじゃないのか。
それ以外に何があるのだ。
やはり、理解できない。
何故、部活をやるのだろう。
何故、部活があるのだろう。
僕にとっては小学校、中学校の部活は時間の無駄だった。
他のことをやれば良かったと、本当に心から思う。
アナウンス
「お待たせしました。
最後に、申請中の部の紹介です。正式に部になるためには、五名以上の部員が条件です。申請中の部は、ルービックキューブ部です」
え・・・?
ルービックキューブ部?