8:お兄さんといっちゃん
一月の研究室に辿り着いた後、雨葉はてきぱきと動き続けていた
「・・・・」
彼曰くこの部屋は「非常に汚い」らしい
紳也の部屋以上に汚いらしい
彼は「掃除をしろと命令してください!」と半分怒り状態で一月に歩み寄り、一月は彼の要望を叶えることしかできなかった
叶えなければ「完全に契約を行っていない今危害を加えることは可能なんですよ」とのことだ
我が身大事さで雨葉に部屋の掃除を依頼し、お願いを叶えた結果がこれである
紳也よりも汚いと言われ堪えた一月の研究室は真新しい部屋でも与えられたのかと思うくらいピカピカになった
そんな部屋に違和感を覚えつつ、一月は椅子に腰かけて綺麗になった部屋を眺めていた
その様子が退屈なのかと思われたのか、さりげなく紅茶が出される
「・・・ありがとう」
「当然のことですので」
用意された紅茶を一口飲んでみる
それは一月の好きな茶葉・・・それに加えて砂糖もミルクも入っていない理想的な味だ
「君が淹れたんだよな」
「はい。お口に合いませんでしたか?」
「・・・いや。美味しいよ」
「それはよかった。おかわりは?」
「そうだな・・・もらおうか」
「わかりました」
雨葉は再び研究室に併設された流し台へと向かう
今度はティーポットを持参し、一月のカップに継ぎ足してくれた
「・・・」
彼も、天羽も紅茶を淹れるのは得意だった
全ての事が一通り終えたわけだ。そろそろ本題に入るべきだと思い、一月は彼を呼ぶ
「・・・なあ、雨葉」
「なんでしょう、一月さん」
「話してくれるだろうか。君のことを」
「仰せのままに」
雨葉は棺桶を持って来て、その中からあるものを取り出す
「俺は「これ」なんですよ」
彼が手渡したのは、少し古びた「黒い長傘」
「俺たちは紳也さんから命を吹き込まれた道具なのです。生霊の技術を使った俺たちは「人造生霊」と・・・彼から呼ばれました」
「・・・君たちは「作られた生霊」という考えでいいんだな?」
彼は頷き、話を続けていく
一月自身といえば、正直戸惑っている
生霊の技術なんぞ、少しは触れたことがあるが、予想外の「とんでも」を出されたのだ
頭をゆっくり整理しながら、一月は彼の話の続きを聞く
「生霊の技術・・・それは、死体だった俺たちを蘇生させて、パージ鉱石のエネルギーのみで動かす技術です」
「生霊は・・・体内にパージ鉱石をため込む器官がある。だから、生霊の驚異的な能力はすべてパージ鉱石が生み出していると考えていたのだが、まさか生命活動を失った身体を再び動かすほどの力を秘めているとは予想外だ」
先程の会議室で発表する予定だった生霊の解剖図を取り出した
この理論が正というのなら、かつて考えられていたパージ鉱石が持つエネルギーの可能性もあながち否定できないものなのではないだろうか
・・・それを確かめる前に、人々が死に絶えただけ
確認できる人間が生きていれば、証明されていたのかもしれない
「僕らが蘇生するのにも条件が三つあります」
「一つは物を媒体にして蘇生させなければいけない事。僕たち十人は全員が紳也さんの持ち物を媒体に命を吹き返しました。俺は見ての通り、媒体は「傘」です」
「「10」の棺桶から君が出たわけだし、君がつい最近作られた存在。そして君のように死体から道具を媒介に生き返ったのが後九人はいるという認識でいいのか?」
「ええ。それで構いません」
雨葉は一月に黒傘を手渡す
「貴方が持っていてください」
「なぜ」
「それは俺の半身です。その傘は俺と同義・・・・紳也さんから与えられた力をその傘さえあれば一月さんも使用できます」
「力・・・わかった。預かっておこう」
紳也から与えられた力が如何なるものなのかは不明だ
けれど、持っていて損はないだろう
「できれば肌身離さず。それを貴方が持っていてくれたら、いかなる場所でも居場所がわかりますので」
「じゃあ、逆はできるのか。この傘を使って君の居場所を探知・・・とか」
「できます。もしもの時は持ち手についてあるこの袋を開けてください」
「今開けてみても?」
「もちろん」
傘の持ち手についている紐の先・・・その小さな巾着袋を開けると、紫色のペンデュラム状の結晶がついていた
それは一月が特に動かしていないのに関わらず、勝手に雨葉の方向を指し示した
正しくは、彼が身に着けているペンダントを指し示しているようだった
「これがあれば、俺の居場所は把握できます」
「・・・ペンダントの方を指してないか?もし、それが外れていた場合、僕は君の居場所を探ることはできないぞ」
「大丈夫です。俺はこのペンダントを手放せないので・・・」
「・・・そのペンダントもパージ鉱石か?」
「やはりわかりますか。はい。外付け電池みたいなものです。表面を硝子で覆っているので、影響は出ないと思います」
補足しておくと、生き残りたちがパージ鉱石に浸食された世界で生き延びられたのは、ガラスの内側にいたからと言われている
硝子はパージ鉱石の影響を受けない唯一の存在だ
この白箱も、パージ鉱石の影響を受けないために、強化ガラス張りの箱でできている
「なるほど。外付け電池と言っていたが、その役割は?」
「これがあれば・・・エネルギー切れを起こしたとき、この鉱石のエネルギーを使って、少しは動けます」
「・・・なるほど。理解した」
行方不明になってから数年、パージ鉱石で色々と作った紳也に対して一月は一つの疑問を持つ
紳也には、白死の影響が全く出ていないことだ
始めの人造生霊さえ作ってしまえば、後の作業は彼らに任せることができるだろう
最初の一体を作り終えるまで、紳也は如何にパージ鉱石と関わったのだろうか、と
「とりあえず・・・これで君を探せるんだな」
抱いた疑問に、雨葉は答えてくれるとは思えない
それはいつか、紳也に直接問いただすしか道はないだろう
疑問は抱いたまま、雨葉の話をさらに詳しく聞いていく
「はい。その石は紳也さんが作った「覚えさせたパージ鉱石の反応を追う石」らしいので、俺が危機に陥らない限りは、問題ないかと」
「もし危機に陥ってパージ鉱石を使い果たした場合は、この石に君のペンダントに新たに埋め込むパージ鉱石の反応を覚えさせれば問題ないのか?それとも自動的に?」
「反応を覚えさえないといけません。その作業は俺がしますので・・・その時は一時的に傘を返していただければ幸いです」
「わかった。次の条件を教えてくれるか?」
「はい。もう一つは、死ぬ前の記憶の欠如。一月さんは以前の俺を知っているようなのですが・・・」
「紳也が言っていた事を考えると、生前の記憶を取り戻すと君たちは死んでしまうのだろうね・・・思い出させないように努力はするが・・・」
「わかっています。俺自身・・・何がきっかけで思い出すかわかりませんけど、思い出しで死ぬことだけは避けたいなと考えています」
「わかった。と、言っても僕もあまり彼のことは覚えていないんだ。まだ幼かったから」
一月は嘘を一つ、彼に吐いた。本当は鮮明に覚えている
彼から与えてもらったものも、彼の死因も・・・すべて
彼女が知らない記憶は、彼があの家で働いていた時の記憶だけだ
思い出すことが死に直結するというならば、彼と「廃棄区域」に向かうのは避けた方がいいかもしれない
あそこは、一月と天羽が出会った場所だから
それに、三ノ久の領地も・・・近寄るべきではないだろう
なんせ三ノ久はきっと、雨葉に眠る天羽の記憶を確実に呼び起こしてしまうから
「そうですか。では・・・警戒するものは「記憶の底に埋まった記憶」だけですね。これだけは何がきっかけで取り戻されるかわからないので」
一月の嘘に気が付かないまま、彼は安堵したように微笑んだ
「そうだ。雨葉、聞きたいことがある」
「何でしょう」
「君は、パージ鉱石で動いているんだよな。その補給方法は?」
「あ、これで・・・」
彼が指さした先にあったのは彼が入っていた「棺桶」だった
彼は棺桶を僕の近くに持って来て近くで見せてくれる
「この棺桶の上についているのは、パージ鉱石を液化させたものです。定期的に取り換えないといけないのですが・・・それは俺自身の手でさせてください」
「・・・液化させられるのか?あれを?」
「はい。パージ鉱石とパージ鉱石を叩きあうことで、互いにパージ鉱石が持つ力の一つである「浄化」が働いて溶けていくんですよ」
想像してみたが、非常に違和感がある光景だった
しかし、目の前の棺桶の上部にはその液体を収めたガラス管があるのだ
信じるしかない、信じられないけれど
「君は、定期的にパージ鉱石を身体に入れなければならないのか?」
「はい。手段は問わないのですが・・・一番気体で摂取するのが効率いいので、寝ている間にパージ鉱石を体内に摂取しています」
「取らなかった場合は?」
「動けなくなる程度です。一週間摂取しなければ死体に戻るだけですので」
「・・・重大なことだろう。棺桶についているそれの補充。次はいつだ?」
「ええっと、ここに来る前に補充したので三ヶ月は平気です」
「三ヶ月に一回か。エネルギーの消費でそれが前後することは?」
「さあ・・・俺は目覚めて三ヶ月の若輩なので・・・そこまでは」
まだ三ヶ月しか経っていないのか・・・なるほど。これは未知ばかりだ
念のため、回数を増やしておいた方がいいかもしれないな
「・・・無制限外出証を持っているから、いつでも外には行ける。危なくなったらすぐに言え」
「わ、わかりました・・・あの、一月さん」
「なんだ?」
「無制限外出証って、凄い人しか取れないって御風さんと理一郎さん・・・あ、人造生霊の仲間から聞きました。もしかして一月さんって凄い人ですか?」
「凄い人の基準はわからないが、この白箱で博士という役職に就いている」
「どんなことをされたんですか?」
「そうだな・・・身体の汚染物質を除去する布とか、介護をしてくれる機械とか、生霊の解剖とか・・・」
最近のことを話していくと、雨葉の目が凄く輝いていた
「凄い・・・!もしかしたら、一月さんなら俺たち人造生霊を調べたら何かわかったりするかもしれませんね」
「調べてもいいのか?」
「それで何かわかるのなら・・・」
雨葉は無自覚でその言葉を言う
「調べて、いいんだな?」
「一月さんが調べたいというのなら、どうぞ」
彼の調べるは聴診器をあてるとか、触診とかそう言うぐらいだと思っているだろう
「雨葉、僕の机の上から鞄をとってきてくれるか?」
「はい」
仕事道具はすべて鞄の中に詰めている
持ち運び用試験管も、スポイトも・・・消毒液もすべて鞄の中
一月がここに来た時、僕がここに入るきっかけになった発明品
無限に物を収納できる、素敵な鞄だ
「お待たせしました。これをどうぞ」
まだ自分の身に何が降りかかるか理解していない雨葉が一月に鞄を手渡す
「そういえば、ベッドの上に重要なものを忘れてきてしまったな。連れて行ってくれるか?」
「はいはい」
歩けない一月を抱えて雨葉は一月が数時間前まで二年間住処にしていたベッドに向かう
よく見ればシーツも交換されている
掃除の過程で変えたのだろう。マメだな本当に
まあ、今から汚すけれど。変えてもらったのに申し訳ない
ベッドサイドに一月を降ろし、彼女はベッドの奥へ向かう
そして一月はベッドの下に隠していたそれを両手両足に装着する
それは・・・四肢の機能を増強する便利なサポーターだ
副作用が重く、数日程腕を動かせなくなったり、歩けなくなるのだが・・・すでに歩けない一月には脚が動かなくなろうと関係ない
そしてなによりも、彼のデータが得られるのなら腕の一本、数日動かなくなるぐらいお釣りが帰ってくるレベルだ
ちなみに彼女のベッドは、正確には壁の中に寝室を作ったみたいな感じの小さな部屋だ
二人ぐらい入って、道具を散らかしても問題ないぐらいの広さ
リモコンで操作できる防音遮光の鍵付きカーテンだって存在するわけだし、どんな声を出しても一月以外に聞きとられることはない
・・・鍵のスペアは浩二が持っているが、多分大丈夫だ
この部屋の鍵のスペアは三国が持っているが、まあ、多少は大丈夫だろう
安心して、目の前の人造生霊を隅々まで調べられる
一月の悪だくみなんて露知らず。彼は入り口の前で彼女を待っていた
「雨葉、雨葉」
「なんですか」
「こっちに来てくれ。奥に行き過ぎて一人で移動できないんだ」
「あら・・・わかりました。すぐ行きますね」
ちょろい・・・いや、いい奴過ぎて逆に申し訳なさを覚えてしまいそうになった一月は罪悪感を微妙に抱いてしまうが、大義の為だと言い聞かせてそれを吹き飛ばす
「一月さん、無事に目的のものは見つかりました」
「ああ。目的は果たされたよっと!」
サポーターを装着した右腕で彼の背を押し、ベッドに押し付けた
「えっ!?」
「大人しくしていてくれ」
一月は雨葉の身体を抑えたまま、カーテンをリモコンで操作し、締め切る
それからランプを付けて小さな部屋を照らした
「い、一月さん・・・?」
「調べていいと言ったよな」
「ああ」
「調べてマズいところは、あるのか?」
「いえ・・・どこを調べていただいても・・・っ!?」
彼はやっと自分の失言に気が付いた
昔から全く変わらない
天羽は、生霊になった・・・貴重な、作られた生霊に・・・非常に調べる価値は大きい
「前言撤回はしないでくれ。隅々まで調べる予定なんだ」
「す、隅々までとは」
「そうだな・・・普通の検診みたいなことから、傷の治り方、血液の構成、内臓の機能の確認は一通りしたいな。ついでにボイスサンプルもいくつか」
「せ、生霊は・・・声で人を惑わすとも言いますもんね。もちろん、すべて協力しますよ」
そのレパートリーが案外普通だったので安堵した様子だった
そして、失言に失言を重ねていく
対して一月は雨葉自身がさらに言質を提供してくれることに喜びを隠せない
もちろんだが、これだけで終わりとは誰も言っていない
むしろ、終わらせてたまるか
「後はそうだな・・・唾液、尿に糞便、精液など体液もすべて採取させてもらいたい。人間のものと変わりないのか気になるからな」
「え」
雨葉の顔から血の気が失せる
隅々まで調べていいといったのは雨葉自身だ。お言葉に甘えて調べなきゃ損というものではないか
「ついでに脳の検査も一通り。ついでに生殖機能も有しているのかも調べたいものだな。君の子は生霊として生まれるのか、それとも人間なのか・・・。そうだ。この前解剖した生霊は確か女の生霊だったな。中身は残しているし・・・人造生霊の技術を作れば一時的に蘇生させることも可能なのでは・・・?」
「あ、あの・・・」
「そうなると後は人間だな。あ、僕でいいのか」
「なっ!?」
話についていけない雨葉でも、それだけはわかったようで露骨に慌て始める
「そ、そう言うのはまだ、ダメだと!」
「数年前に双方の不妊で子ができないと嘆く上層部の青年に恩を売るために人工子宮を作ったんだ。遺伝子精子もあるが、今は必要な・・・」
「・・・一月さん?」
「生霊は、性別の概念がほとんどなかったんだよ。女の生霊を捕まえたとは言ったが、精巣も確認できたわけだし、卵巣ももちろん。両性の性質を持つ不思議な生命体だったなぁ・・・」
「ひっ!?じ、人造生霊には、それは当てはまらないかと!」
「やってみないと、わからないじゃないか」
一月の頭の中で動いた計画に気が付いた雨葉は必死に逃げようとするが、力を強化した一月の腕からは逃れられない
雨葉は、それを受け入れなければならない
なんせ、なんでも調べていいのだから
「君から採取した分は、生霊の卵子と僕の遺伝子から作った人工卵子を使って、受精させて経過をみられるな!それに、君自身の中に眠っている可能性のある両性の性質も確認でき次第、以前作った人工精子を使って君自身に着床させてやろう!」
「冗談じゃありませんよ!離してください!お巡りさん!こいつです!ここに変態がいます!」
「本当は解剖したい・・・というのが本音なのだが、身体スキャンで勘弁しよう」
「よ、よかった・・・って!全然良くないですよ!?」
「どこが?」
「ど、どこがって・・・全部です!倫理に反してますよ!?」
雨葉の抗議に、一月は一言告げる
「倫理と君が人造生霊化で変化したものの一覧・・・どちらが大事だと思っているんだ。圧倒的に後者だろう!」
「そ、そう言っても・・・!」
「君の身体はね、新発見の集合体だ。君の資料があれば僕らはパージ鉱石を壊す可能性は難しいとしても・・・少なくとも触れる技術と一時的にパージ鉱石の影響を受け付けなくする技術は編み出せるだろうね。なんせ!僕が!作るのだから!」
「・・・・貴方は、何のために俺を調べるのですか?」
「言わなきゃダメか」
「言わなきゃ調べさせません」
言えば調べさせてくれるのかと、言えば着床実験もさせてくれるのかよ・・・と思いつつ、言わなきゃ何も進まないことを察した一月は渋々口を開く
「僕の心中を語ることになるのだが・・・」
「それで構いません。貴方が俺を調べる理由を教えてくださるのなら」
「・・・この世界を、救うためだ」
一月はそう断言する
それを見た雨葉はゆっくりと力を抜いていく
「・・・一月さんは、凄い人なんですね。世界の為に、戦える人なんですね」
「・・・誰かが戦わないと、この世界は一生救われない。このままだ」
「思い出させない努力をすると言った矢先に言うのは申し訳ないが、過去の君の件で一つ言わせてほしいことがある」
「なんでしょうか」
雨葉は一月を黙って見つめる
「僕は君の夢を、僕なりの形で継いでいるだけなんだ」
「俺の夢、ですか」
「ああ。君の夢は・・・この世界に住む人を皆笑顔にするというものだった。君は料理が得意だったから・・・食事で笑顔を取り戻したいと意気込んでいた」
この世界の娯楽は少ない
日の下で生きられるような人々はまだ上を向いて生きていける
けれど基本、誰もが下を向いて生きている世界なのだ
特に、廃棄区画と呼ばれる場所では・・・皆、生きることを諦めている
彼に出会う前の僕が、そうだったように
「けれど、夢を叶える前に君は死んでしまった」
「・・・・・」
「僕は君の夢を継いだんだ。その夢を叶えたくてな」
「・・・一月さん」
「僕なりのやり方で、人々に笑顔を与える方法なんてあの鉱石を壊すぐらいしかなくてな。だから、生霊・・・人造生霊の資料が必要なんだ。あれと密接に関わるものを、調べ上げなくてはこの世界を救えない」
「・・・わかりました」
雨葉は自分の服のボタンに手をかけて、服を脱いでいく
「解剖以外、何でもしてください。できれば、僕自身に両性の性質があったとしても、着床実験だけはやめてください・・・」
「いいのか?」
あんなに嫌がっていたのに、どういう心境の変化なのだろうか
「貴方の意志に感銘を受けたといいましょうか。たとえ過去の俺が影響を与えていたとしても・・・俺の願いを引き継いで叶えたいという貴方の意志は、貴方の物です」
「・・・」
「それに、世界を救う可能性に賭けてみたいんです。貴方ならきっと救えると俺は思います。いいえ、思いたい」
「雨葉」
「しかし、そう言うことはもう少し早く言ってください。無理やり押さえつけたり、閉じ込めたりなんかしなくても・・・理由を話してくれれば受け入れられる分は受け入れます」
「雨葉・・・ありがとう」
「いいんです。それでは、早速始めてくれますか」
「ああ。まずは、普通に触診から始めようか。触られて違和感があったりしたらすぐに教えてくれ。データは生霊のものと、人間のものを照らし合わせていくからな」
「わかりました。必要があれば麻酔を使って捌いてくれても」
「・・・いや。それはいいよ。ほら、早速始めるぞ」
「はい。お願いします」
彼の全身に這うような傷を指でなぞりながら、一月は一度息を吐く
これは、つい先日ついたような傷ではない
生前から、つけられていた傷。胸のあたりには致命傷になったそれもそのまま残っている
「事を急いてごめんなさい、お兄さん。僕のせいでこんな傷・・・」
背後にいた一月の小さな声は、正面を向いていた雨葉には届かない
そしてまた
「ごめんね、いっちゃん。俺のせいで、そんな足に加えて、余計なことまで背負わせて・・・」
正面を向いていた彼の声も、一月には届かない