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博士の愛した研究  作者: 鳥路
序章:人造生霊との邂逅
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7:黒傘雨葉と十六夜一月

上体を起こし、瞼の奥にあるものがこちらに向けられる


この世界を壊した鉱石と同じ色のそれは、確かに彼が持つ特徴的な目

その目のせいで、親に捨てられてあの家の調理師兼奴隷として飼われるほかなかったと語った、彼の生前からのコンプレックスだった


「・・・天羽」


何かを期待するように、手を伸ばしながら彼に問う

覚えていてくれているだろうか。けれどあの時から姿が全然違う。自分だとわかってくれるだろうかと


「貴方は・・・俺の名前を知っているんですか?」

「ああ。君は、黒笠天羽くろかさあまはだろう?」

「いいえ。俺の名前は黒傘雨葉くろかさあめはです。一文字違います」

「・・・漢字は、どう書く?」

「色の黒に・・・雨の日にさす傘で「黒傘」名前は・・・雨の葉っぱで「雨葉」です」


全然違う

顔も雰囲気も名前の読みも、ましてやその目にあるものの何もかもが一緒なのに、彼はまったく違う名前を名乗った

更に問うために口を開こうとしたが、いつの間にか舞台上から降りていた紳也が一月の耳元にそっと事実を述べる


「一月、素体の記憶を思い出させるなよ?消えちまうぞ、せっかくこの世に戻ってきた「お兄さん」が」


耳元から離れていく紳也の歪な笑いが、一月の視界に映る

その表情に一月は怒りを覚えるが、紳也は笑い続けたまま

雨葉は・・・状況を理解しておらず首をかしげていた


「俺はそろそろ戻るよ。久々にお前の面白い顔を見れて楽しかった。ああ、そうだ」


紳也は「5」以外の棺桶を舞台上に置く


「こいつらは置いていくよ。一月に全部やる」

「・・・こいつらを、どう使えばいい?」

「「あの塔」の一番上を目指すために」

「・・・そこに、答えがあるのか?」

「ああ。俺がこいつらを作った理由も、そいつが生き返った理由も何もかもがそこにある。それを目指せ、一月」


そう言って彼は「5」の棺桶へ近づいていく


「・・・隠匿」


「5」の棺桶を開くための鍵らしき言葉を口にする

その瞬間、雨葉と同じように棺桶の中から外套を羽織った女性が出てきた

その女性に手を振りながら笑っていた紳也は呑み込まれる

呑み込んだ瞬間、女性も影に溶けるように消えていった

まるで、今まで存在しなかったかのように

一月や、周囲にいた人間ははそれを唖然と見ることしかできなかった


「・・・これは」

「・・・戸外とがいさんの外套は、何でも隠しちゃうらしいんです。もしかした、それかもしれません」


隣で雨葉が目の前で起きた現象を解説する


「戸外の外套・・・?どういうことだ?」

「・・・どこから話せばいいでしょうか」

「初めから・・・できるか?」

「もちろんです。貴方は俺のご主人様なのですから逆らう理由はありません」


彼はそう言って微笑む。昔と、記憶と変わらない笑顔で

けど、かつてのように一月の名前を呼ぶことはない


「そういえば!」


雨葉はすっかり忘れていたと感じさせるような声で僕に話しかける


「貴方の名前を聞くのを忘れていました」

「・・・僕の名前」


こんなタイミングで、そんなことを聞くのを忘れていた・・・ということを思い出したのか

あまりにもどうでもいいことで、笑いが零れる

同時に、忘れられていてよかったと心の底から思えた

それと同時に、一月自身は確信を持つ

名前は違うが、雨葉は天羽だ

どうでもいいことを重要視して、忘れっぽくて・・・自分で言った言葉の意味でさえも理解していないときもあったりした

いつまでも、朗らかな表情で一月を見て答えを待つ


「・・・僕は、十六夜一月。十六の夜と書いて、十六夜。一月は一に空に浮かぶ月だ」

「一月さん、ですね」


彼は一月の名前を嬉しそうに復唱しつつ、彼女の身体を抱き上げた


「え、わ・・・・」

「安心してください。ひとまずここから出ましょう」

「そうだな・・・騒がしいし、僕たちも注目を集めている。当然と言えば当然だが」

「どこに行けば、静かに話せますか?」

「そうだな・・・僕の研究室。場所は移動しながら説明する」

「わかりました。俺の棺桶はそのまま持っていきますが、他のは・・・」


雨葉は舞台に放置された棺桶を心配そうに眺めた

ここで命令でも「全てを持っていけ」というのが、本来やるべきことだろうと一月は思う

けれどこの状況では持ち出すことなどできない

今、できることは・・・


「三国!」


状況を理解している人間に聞こえるようにと、一月は珍しく声を張る

運がいいことにすぐに反応が帰ってきてくれた


「わかってる!棺桶をどうにかしてから僕も研究室に行くから!」

「ああ。頼んだぞ。雨葉!」

「しっかり掴まっていてくださいね、一月さん!」


彼がそう言うと同時に、一月の身体は宙に浮く

人造生霊と言っていた。人の理を逸脱した存在なのかもしれない

地上から一気に天井付近へ雨葉が空へ上がるのは、早かった

しかし落ちるのは緩やかに、静かに

まるで空に投げ出された傘のように、ふわふわと落ちていく


「これは・・・どうなっているんだ」

「傘、ですので」

「それで説明がついていいのか・・・?」


ゆらり、ゆらりと落ちた先は会議室の出入り口

後ろの騒々を気にもせず、何事もなかったかのように外に出た雨葉は一月の指示を受けて彼女の研究室へと駆け始めた

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