5:世界を救う僕、世界を生かす君
隠し通路を進み、会議室の隣に設置されている準備室に出る
そこから何食わぬ顔をしつつ、三人は会議室の前に到着した
三人の姿を確認すると、その前に立っている警備員が立ち塞がる
一月と三国は慣れた光景なので動じないが、初めての浩二は少々ビビっていた
「IDカードの提示を」
その警備員はこの研究所の上層部の一人である、警備室の室長
名前は「合田雄一郎」と聞く
会議室へ入室の際には、合田にIDカードと呼ばれる、職員に配布されているカードを提示しなければならない
本来なら、室長・博士以下の階級では立ち入ることは不可能だ
ただ、まっとうな理由があればいい
合田が納得できるような理由があれば、それ以下の職員の入室が許可される
「ID:46010121。五ノ井三国です」
「ID:46020122。十六夜一月だ」
一月と三国は慣れた手つきでカードを提示する
合田もすぐに確認を終える
噂によれば、全職員のIDと顔と名前を合田は暗記しているらしいが・・・その真偽は定かではない
「五ノ井第四室長と十六夜第四室主任博士ですね。そちらの方は?」
「こいつは一介の研究者だ」
「IDカードの提示をお願いします」
「は、はい!ID:46034571の第四室所属一般研究員の四十万浩二です!」
一方、浩二は慌てた様子でカードを取り出し、提示する
「会議室内は本来なら研究者の立場にある人間は立ち入り禁止というのは理解している。しかし、今回は君も知っていると思うが、僕の研究発表がある」
「はい。あの十六夜博士の二年ぶりの研究成果・・・拝聴が楽しみです」
「だが僕はここに来てから足の機能が不自由というのは覚えているな?」
「もちろんです」
「壇上に上がる際、普段は五ノ井に介助をしてもらっていたのだが、やはり彼も室長の座を持つ人間だ。こんなことをさせるのは申し訳なくてな、今回から一介の研究者であり、僕が期待を持っている人間に介助を依頼した」
「・・・この、四十万という者に」
合田は浩二を品定めするように見つめた
浩二は終始怯え、助けを求めるように一月を見た
「僕はこの男に期待しているんだ」
「この方の研究は?」
「汚染土壌の浄化だ。将来的には作物の安定した供給を目標としている」
「ほう・・・しかし、十六夜博士の研究とは関係ない分野では?」
「そうだな。しかし、僕が世界を救った場合、一番必要になってくるのはこの男の研究だ」
一月の言葉に合田は目を丸くする
衝撃というか、正しくは感激に近い気がした
「そうですね。十六夜博士が世界を救った後、生霊や鉱石の危機が去った世界で生きるには彼の研究が必要になるでしょう」
「会議室の中で燻るジジイ共よりはるかに高い理解を示してくれて助かるよ」
「警備の空き時間に、十六夜博士の論文をいくつか読ませていただきました。そこから考えられるに、そう言うことなのではないかと思い」
「君、なぜ警備員をしているんだ?僕の助手にならないか?」
「嬉しいお誘いですが、私はこちらが性に合っていますで」
「そうか。残念だ」
一月は素で合田が研究員にならないことを残念に思う
合田は割と歳を重ねているが、常に新しいことを取り込もうとしている
それは、一月がジジイ共と表現する上層部の研究者にはない動きなのだ
一月にとって、浩二はこの研究所の「新たな風」のような存在だ
そして、同時に目を付けた合田にもその可能性があった
思い通りにはいかないと思いつつ、一月は息を吐いて再び合田の方を見上げた
「そう言っていただけるなんて、嬉しいですね。十六夜博士。折角ですので一つ聞かせてください」
「なんだ」
「・・・十六夜博士は、この世界を・・・救うのですか?」
「ああ。取り戻す。今日はその可能性を向上させる・・・いや、世界を救うための第一歩の発見だからな」
合田は一月の言葉に涙ぐむ
数千年かかっても見つからなかった、生霊やパージ鉱石の驚異からの脱却の可能性が見えているからだろう
「彼はこの世界の今後に必要な研究だ。理解のできない奴には僕が直々に説いてやろう。その重要性を」
車椅子を押す浩二は終始驚いていた
今まで扱いが杜撰だと思っていたし、一月のことは正直苦手だった
今日の会話を彼はふと思い出す
起こそうとするたびに「帰れ」だの「研究してろ」と何度も口にした
思い返せば毎日確実に聞いていたその言葉は―――
「世界を救うのは僕がやる。その後の世界を確実に生かすのは四十万浩二だと説いてやろう。それが、前座しか担当できない僕の仕事だ」
――――研究室に大人しく帰って研究していろということだったのだろう
そう言えばと浩二は再び思い返すことがあった
それは、どんな時でも一月は浩二に自分の代わりをさせなかった
どんな些細なことでも、書類を運ぶだけでも・・・三国を呼んでこいと言うだけだった
「・・・言葉にしてくださいよ。馬鹿」
「今更気が付いたのか?遅いんだよ。アホ。僕がどれほどお前の研究に期待していると思っている」
「わかりませんよ、言葉にしないと」
「は―――――。これだから一般人は、想像力と察する力が足りないな!よくそれで生き残れたものだ!」
「十六夜博士ほど豊かではなく、普通ぐらいに想像力と察知力を持っていたら生きる分にはどうにかなりますよ・・・」
全てに気が付いた浩二が抱いた一月の印象は先ほどとは全然違う
これが終わったらすべて言葉にしよう
そう思いながら、浩二は一月の様子を見ていた
「まあ、なんだ。僕がこいつを連れていくのは、上層部のアホ共にこいつの重要性を説きに行くこと。ついでに僕の介助だ」
「そう言うことならば、許可を出しましょうか」
合田は浩二にゲスト腕章をつける
「お帰りの際に返却を。もしかしたらIDの更新もあるかもしれませんね」
「は、はい!」
「私も期待しています。十六夜博士が期待を抱いている方というのもありますが、個人的に興味があります」
「あ、ありがとうございます!」
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。会議室へお入りください」
「長話すまんな。感謝する」
「ありがとうございます」
そして三人は会議室へと進んでいく
「僕の席はあっちだから、ここでお別れだね」
「え、三国さんと十六夜博士は別の席なんですか」
「そりゃ、室長と博士だぞ。別席に決まっているじゃないか」
「あ、そっか・・・」
「僕らの前でよかったね。他の人だったら笑われているところだよ」
「・・・始まるまでに振り返るか。僕の席に行こう。既に連絡を受けて補助要員の君の席も用意されているはずだ」
「わ、わかりました」
「場所は確か・・・右側、三列目の端だ」
「了解です」
浩二は一月の指示通りの場所に車椅子を動かしていく
すでに席に座っていた上層部の研究員と思われる人々は、一月の存在を認識した後、黙って彼女を見ていた
それは、この場にいるべきではない存在の浩二に向けられた視線ではない
すべて一月に向けられた視線だ
不気味なものを見るかのように、その視線は恐怖と嫌悪を孕んでいた
「・・・」
「・・・いいから、進め。気にするな。あいつらはただのお飾りだ。親の七光りな無能な連中ばかりだよ」
「そんなボロクソに言うことですか・・・?」
「ああ。奴らに潰された人間のことを思うと、こんな暴言はまだ優しい方だ」
「つ、潰されたって?」
「才に憧れ、自分に才があると信じ、そして本物の才を持つ人間のやる気も希望もへし折る。そんな最低行為に長けたクズ共だからな。せっかくだ。こちらを見ている奴らの顔を見て覚えろ。あいつらには関わらないように。下手をうてば、お前がつぶされるからな」
「・・・は、はい」
その視線に、浩二が気が付かなかった訳はない
視線を気にしていることに気が付いた一月は浩二にさりげなく声をかけて、この研究所で生き残るためのアドバイスを送る
通路を進んでいった先、一番右端の席に辿り着いた
そこにはきちんと「十六夜一月」と彫られた白い石が置かれていた
その席の前に一月を移動させ、浩二は隣に用意されていた椅子に腰掛けた
「十六夜博士」
「なんだ」
「・・・ありがとうございます」
「僕は期待しているだけだ。研究自体は君一人で進めているではないか」
「それでも・・・十六夜博士がここまで期待をしてくださっているとは思っていませんでした」
「そうだな。それが理解できていれば、僕の言葉の意味も理解していただろう」
「・・・帰れと言っていたのは、起こすのなんてどうでもいいから研究していろということだったんですね」
「ああ。その通りだ」
「俺に十六夜博士の代わりをさせなかったのは、階級のこともあると思いますけど・・・」
「代わりではなく、僕の隣に立てということだ」
「言わなきゃわかりませんよ」
「言わないとわからないのが悪い」
一月と浩二は互いににらみ合う
「・・・誤解してたじゃないですか」
「どうでもいいよ。そんなこと」
「俺、頑張りますからね。貴方の期待通り、いえ期待以上の研究を生み出し、後世に名前を残してやります!」
「・・・期待している」
「これからもご指導ご鞭撻、そして上層部への口利きよろしくお願いしますね、一月博士」
「調子に乗るなよ・・・浩二」
一月はそう口では言いつつも、嬉しそうに笑う
浩二もまた今までのような苦手意識を一月に抱いていなかった
「・・・名前呼びは許してやる。君は僕の部下ではなく僕の隣にいつか立つ存在だ。上下関係は無しだからな」
「わかりました。全力でしがみついてやりますから・・・一人で走り切らないでくださいよ」
「何を言っているんだ。君が僕の速さについて来い、四十万浩二」
一人の少年の可能性を期待した、言葉の足りない博士の少女
自分ではできないことをできる少年の力を信じ、彼女は世界を救う
それが、僕なりにできる「あの人の願い」を叶える方法だと信じて