4:生霊とパージ鉱石
五ノ井三国はこの白箱研究所で博士として勤務しているわけではない
本職の肩書は「第四室長」
その為、彼の場合は研究室ではなく事務室が与えられている
五ノ井三国は事務職を中心に、その合間に研究を進める人間だ
彼も天才二人に埋もれがちだが、秀才である事には変わりない
専門は「自然科学」
浩二の専門と近い部分がある分野だ
基本的に研究特化の紳也と一月をサポートするために、誰かが事務系統にいた方が楽だろうと感じ取った三国は事務で二人をサポートしていたのだが・・・
二人の暴走をなかなか止められず、苦労しているのが現状だ
紳也がいなくなっても、一月に振り回されているが本人は口にするより嫌がってはいない
普段は仕事中でも関係なく外に連れ出し、採取に付き合わされるというに今回は彼の存ぜぬところで一月はろくでもないことをしていた
浩二の表情を見る限り、彼も関与している様子はない
「一月!」
「なんだ、三国」
第四事務室に滑り込むように入った三人は、追手が入らないように扉に鍵をかける
息を切らした三国に声をかけられた、一月は面倒くさそうに眼を細めていた
「生霊の解剖図ってどういうことだよ!?君は二年間一度も室内から出てないだろう!?」
「ああ。出てないな」
「生霊って、あれをどう確保したんですか!?」
「虫取り網」
「そんな・・・昆虫じゃないんだから・・・」
二人の表情は呆れていたが、口元は笑っていた
初めて明らかになる情報に、浩二も三国も興奮を隠しきれていなかった
なんせ今まで謎に包まれていた「生霊」の解剖図
気にならないわけがなかった
「虫取り網で確保するまでの過程は?」
「コバエのように僕の部屋までたどり着いたものを捕獲した」
「セキュリティはどうなっているんだ・・・」
「人間じゃないし引っかからなかったんだろうさ」
「そうとしか言うしかないよね・・・で、それを解剖したの?」
「ああ。その際に奴らが保持している武器も解体してみた」
「あの、魔法使いみたいなステッキですか?」
「そうそう。まず折るところから始めたけど、枝みたいに折れないんだよ。あれ。まあ、それも含めて教えてやるからジジイ共と清聴したまえ」
浩二も三国も開いた口が塞がらない
何もかもが予想外で何もかもが想定外
一月の行動は二人には次元が違いすぎて頭を抱えることしかできなかった
「確保どころか、捌くのにも苦労したんだ・・・あと五年は引きこもっても許されるはずだろうな」
「一月。その情報は・・・・」
「ああ。これまで紳也でも入手できなかった生霊の中身の情報だ。そして生霊に関する内面的な情報の初公開でもある」
「つまり、それは・・・この世界を救う鍵になる情報ですよね」
「その通りだ。これは・・・パージ鉱石を理解し、世界を救う鍵になる可能性の情報だった」
一月は自力で車椅子を動かし、部屋の一番奥にあるガラスの窓に手を当てた
分厚いガラスの先に広がる世界
そこの上部分に空いた透明な穴
そこから天に向かって伸びてている緑色に輝く塔が見えた
塔と呼ばれてはいるが、一月たちはそれを先祖から伝えられた通り「生霊の柱」と呼んでいる
この世界を壊した原因である石でできた塔だ
一月たちの当面の目標は、生霊たちが根城にしているあの塔の破壊
同時に、パージ鉱石の無力化である
数千年経っても成しえないそれはこの世界と一月たち子孫の呪縛となりつつあった
「・・・ついに、先祖たちの悲願を成せるかもしれないのですね」
隣に立った浩二がしみじみと呟く
あの生霊の柱ができたのは、今から数千年前と言われている
生霊の柱を形成している石の名前は「パージ鉱石」
突如、この世界に現れた緑色の光を放つ鉱石である
それは汚染された物質を、如何なるものでも浄化する力を持っていた
その力で、パージ鉱石は人々の生活の中心に組み込まれていった
他にも、万物のエネルギーの代用品の可能性も提示されてはいたが、その可能性は明確化されてはいない
ある日のこと
はるか昔の、どこかの国でパージ鉱石の影響で人間が死んだ
パージ鉱石に付着する緑色の粒子が、人体に多大な被害をもたらすことが明らかになったのだ
人類がそれに気づいた時にはもう遅くて
世界は、人口の十分の九を失っていた
パージ鉱石で死んだ者の共通点は、髪も皮膚も何もかもが血の気の失せた白となり、身体はみるみるやせ細り、最後には灰となって死ぬ
のちに、それは「白死」と呼ばれるようになる
残された人間はパージ鉱石の影響を受けて死なないように、小さな箱を作った
そして数千年の間、人類はその中で暮らしている
全てが作られた白い箱の中で・・・
浩二の研究も汚染された土壌の浄化ではなく、浄化の影響で土壌としての能力を失った土壌を元に戻す研究の方が正しいと言えるだろう
三国の研究も、ほとんど同じだ
パージ鉱石の浄化の影響を受けた水を元に戻す研究を事務仕事の傍ら行っている
そして一月と紳也はパージ鉱石の破壊と生霊の研究を主に行っている
この白箱に住まう者の研究は、何もかもがあの鉱石で失ったものを取り戻す為の研究だ
「どうだろうな。パージ鉱石の壊し方は未だにわかっていないわけだから」
「けれど、生霊の情報ですよ。関係ないわけが・・・」
「浩二。パージ鉱石が発見されてから同時に生霊も確認され始めたというだけで、実際に二つが関係あるのかは・・・」
パージ鉱石の他にも人類にはもう一つ驚異がある
それが、パージ鉱石が確認されたと同時期に確認されはじめた「生霊」という存在である
見た目は精霊、妖精・・・御伽噺に出てくるような羽の生えた可愛らしい小人たちだ
しかし生霊は見た目から判別できないほどの残虐な存在であった
人類の予想が追い付かないような術で人々を虐殺していったのも、数千年前に人類の人口が著しく減った原因ともいえるだろう
目的はわからないし、その原理も証明されていない
パージ鉱石との関係も、また・・・
「よかったな。「関係大有り」だったぞ。三国」
「・・・それ、本当なの?」
一月の言葉に三国が息を飲む
「むしろパージ鉱石を語る上では生霊の存在は切り離せないほど奴らは密接した関係だ。詳しいことはあのジジイどもと静聴したまえ」
「俺は、俺は!?」
「君にも特別に特等席で静聴させてやろう。他言は無用だからな」
「ありがとうございます!十六夜博士!」
「・・・浩二。君、こんな調子だから一月が調子のいいように使うの理解して」
落ち着きを取り戻した三国の小言は残念ながら興奮気味の浩二には届かない
三国は溜息を吐いた後、部屋の裏にある隠し通路を開けに向かう
普通の道から会議室に向かうだけで、多くの人に捕まってしまうだろう
ここに来たのは身の安全の保障もあるが、一番は隠し通路の存在だった
仕事柄、様々な場所に向かわないといけないので少しでも近道ができるようにと、研究所のいたるところにこの隠し通路が作られている
隠し通路を使うためには、職員に配布されているIDカードが必須である
通路を使用した記録はサーバに記録され、IDが保有している権限以上の部屋には立ち入ることができないなど・・・セキュリティ面には問題ないといえるだろう
もちろん、この隠し通路から会議室前に出ることも可能だ
「一月、浩二・・・隠し通路から行こうか」
「ん。浩二」
「わかっていますよ」
一月は浩二を呼び、彼は先ほどと同じように一月の車いすを押し始める
三人はIDカードをカードリーダーに通す
すると隠し通路の扉が開く
薄暗い隠し通路を進み、目的地となる会議室最寄りの場所まで、三人はのんびり進み始めた