1:そうだ。予算、ぼったくりにいこう。
「さて、雨葉。理一郎。僕らは僕らで向かうべき場所の話をしよう」
「そうですね。しかし…この地区にいることは間違いないとはいえ…対象に目星をつけないと厄介事に巻き込まれてしまうのでは?」
確かに雨葉の言うとおりだ。
僕の遺伝子上の父親も面倒だが、天羽お兄さんがかつて仕え…自分の使用人が廃棄区画のクソガキと関わっている事が許せず、彼を殺すように手配し、僕の足の腱を切った三ノ久のグルメジジババも健在だ。あいつらとは絶対に関わらないようにしないと…。
「そうだなぁ…僕も雨葉も相当厄介な相手が待ち構えているからなぁ…その点、理一郎。君はどうなんだ?」
「俺?」
「身内との、遭遇とか」
「俺は白死の影響もあるから、外見も結構変わっている。身内以外は覚えていないだろうさ」
「「ああ…」」
「ちなみに元々は黒髪青目。ご近所さんには賢くてかっこいい気前の良いお兄ちゃん。略して3Kお兄ちゃんと話題でな!」
「…「顔は平均なのにそれを自称できる精神が」「キモい」「謙虚さを持ち合わせて欲しい」お兄ちゃん。略して3Kお兄ちゃんの間違いではなく…?」
「お嬢さんド辛辣〜」
「いや、辛辣とも言われようとも流石にキモいぞ。そういうの自称するのやめろ。ただでさえ鶏ガラだと言われている僕を肌までチキンにする気か」
「もう絶対に言わないから、俺のメンタルをゴリゴリ削るような事言わないで、お嬢さん…。てか、顔が普通って言われると、何かショック…俺、そこそこモテてはいたから。本当だから!」
「わかったわかった…」
「そういえば、なんで理一郎さんご結婚されていないんです?享年から考えたら、お子さんが普通に居るような年齢なのでは…?」
「理一郎。君、享年は?」
「二十九」
確かにその年齢ならば、相手は白箱管理局の人口調整課から自動で宛がわれている頃だろうし…医者なら尚更だろう。最優先して遺伝子を遺させるはずだ。
しかしそういう気配がなさそうなんだよな…。従軍していたからか?
「確かにその年齢なら違和感があるな。僕の父親なんて三十二歳だぞ。僕は奴が十七の時の子供だからな」
「はっや…。核のお坊ちゃんってそんなに早く相手宛がわれるのぉ…?」
「理一郎さん、博士は廃棄区画出身です。婚外子です」
「核のお坊ちゃんってそんなに早く性教育終えるわけぇ…?俺は医学に進んだから十八だったけどさぁ…」
「人口を調整するため、研究職員や医療従事者以外に生殖情報が公開されるのって二十歳からですもんね…核の御貴族様はまた違うのかな…」
「そうなのか雨葉」
「え、ええ…覚えている範囲ですが」
「具体的には、どんなことをどんな風に教えられる?」
「…きゅう」
「教えてくれ、雨葉。もしや実体験付きか…!?」
「そ、それはないです!流石に…!」
最悪の結果を待ち構えていたのだが、そんなことはないらしい。
…よかった。
「そっか…それならいい…」
「…なにが、いいのでしょうか?」
「べべべべべべべ別に!二十歳になれば全員参加みたいだから聞いておきたかったんだ!体験付きでなければ問題ない!僕の時も座学だけで終わるという安心感が欲しかっただけだ!」
「…興味はあるんですね」
「…っ!一研究者として生命を作り出す手段に興味が湧かないわけがないだろう!」
「いいんですよ。博士だって、年頃ですから。恋だの愛だの…興味を持っていてもおかしくない年齢ですから。恥ずかしがることはないですよ」
「…だから、ちがうと」
「…もしかして、博士には意識している相手が?」
「…それは」
ふと、顔を上げると特徴的な翡翠が目に入る。
この世界で唯一呪われている色。特徴的な緑眼。
鉱石のこともあり、周囲はこの色を酷く憎んで…中にはお兄さんに目を閉じろだの、目を抉れと言い続けた人もいるらしいが…。
僕はこの色が、お兄さんの優しい眼差しが…。
「…今は、考える余裕はない!」
「博士、興味があるなら挑戦してみましょうよ。これも研究の一環だと思って」
「別にいい!」
それに僕には時間がない。
…いつどこでひっかけてきたのか分からない鉱石特有病———白死。
これに罹患し、僕にはもう時間がない。
真っ白になって…死に至る日までどんなに頑張っても、猶予は一年程度。
それまでにやり遂げなければいけないことがある。
恋だの愛だのに現を抜かしている場合ではない。
「…君はなぜ僕にそこまで勧めようとするんだ」
「博士の興味を応援したいだけですよ」
「…」
それもそうか。十八年も歳が離れた子供との年齢差が八歳にまで縮まっていたとしても、過去はお兄さんと子供のまま。
…子供の年齢差が縮まっていようとも、彼の中では僕はいつまでも「手のかかる幼い子供」
その子供が、恋に興味があるのであれば応援しよう。
そう、考えるのが普通だ。
…それはきっと、これからも変わらない。
土俵にすら、立てやしない。
「からかうつもりがやりかえされてやんっ!?」
「…理一郎、お茶を持って来てくれ」
「…あい」
何か言いに来た理一郎の脇腹を傘で突き、お茶を持ってこさせる。
その間の僕と雨葉に会話は一つもなかった。
◇◇
理一郎にお茶汲みをさせた後、ふと思い至って…三国とクッキーをかじっている彼女に声をかけてみた。
彼女なら、もしかして…。
「なあ、銀」
「なに、一月」
「人造生霊の中に、寄贈扱いで渡されている存在があったな」
「うん。人形の優結と靴の麻緒、それから時計の有理だね」
「その寄贈者の特徴は何か知っていたりするか?」
「んー…優結の寄贈者は剥製屋さんって言っていたと思う。遺体修繕に協力してくれた人。人工日光が大嫌いで、日中は出歩かないって。最初はそういう事情があったから杏を寄贈する予定だったけど、先方が優結を望んだから…」
凄く、聞き覚えのある特徴だ…。日光が苦手なんて特徴がこんな小さな白箱の中で複数人いてたまるか。
まさかあの男が一枚噛んでいたとはなぁ…。
いや、むしろその可能性は嫌でもあったではないか。
彼らの身体はあまりにも綺麗すぎた。
人工土の土葬で腐りにくいのもあるだろうが…天羽お兄さんの致命傷である腹の傷も、できるだけ目立たないように修復が終えられていた。
内蔵も食事が出来ている様子から、修復が完了していると見受けられる。
白箱に住まう人間で、そんな真似が出来るのは奴しかいないのに。
関わっていないだろうと、勝手に候補から外してしまっていた…。
「…日光が大嫌いな遺体修繕ねぇ…和九井のジジイか?」
「ああ、そうそう。和九井さん。でもジジイじゃない。若かった。理一郎知ってる?」
「知ってるもなにも、実家の診療所はこいつの家とよく仕事をしていたからな…まさか俺達の製造に一枚噛んでいたとは…」
「人形を持っているのは和九井終だな。こいつには僕も世話になっているよ」
「一月も知っていたんだ」
「ああ。この前捌いた生霊を標本にして貰うよう依頼をしたんだ。腐らせるのは勿体ないからな」
「博士ぇ…」
「一月ぃ…」
「いいぞお嬢さん!それでこそ研究者だ!貴重な検体はしっかり残しておきたいよな!どれをとっても貴重な情報源なんだからな!」
理一郎に褒められるのは妥当だ。彼なら分かってくれると思っていたよ。
…雨葉は何故引いているんだ?
いや、それよりも…。
「三国。こいつはお前が行く予定の東区にいる」
「えぇ…」
「夜中に墓荒らしを嗜み、他の墓荒らしと縄張り争いを行っている。積の墓場を毎日転々と移動しているものだから、どの墓場にいつ出没するかわからないうえ、日中はそういう事情だから対応すらしない」
「えっ」
「唯一の幸運はこいつに浩二が遭遇しなかったことだろうさ…しかし、代わりに君が担当することになったのは酷く同情するよ。せいぜい我が身の無事を祈るんだな」
「そんなぁ!」
あの男は紳也の次に面倒くさい男だ。僕は手紙のやりとりでやっと依頼を取り付けられたが…対面となると難しいだろうな本当に。
文章だけでも吐き気を催す邪悪だったからな…。
こればかりは本当に可哀想だと思っているよ、三国。
「この流れだと、棺桶を作った方の情報もある程度は把握していると見受ける。どうなんだ、銀」
「んんっ…ごめんね。こっちはあまり。その代わり、麻緒は「次の所有者が生まれつき歩けない人」と言っていたのは覚えているよ」
「生まれつき歩けないねぇ…」
靴の所有者の方に話を切り替える。
こちらはこちらで特徴的な存在だ。生まれつき足が動かない。その条件を満たす人間はそうそういないだろう。存命なら一人二人に絞られるはずだ。
そんな特徴は住民データにアクセスすることが出来れば、確認できそうなのだが…。
「…一月、その足の動かない所有者には心当たりがあるよ。ここに流れ着くのも仕方が無い上、その人物は生まれつき足が動かない」
「ほう。誰だ?」
「…ニ野沢創。僕と同じ立ち位置にいる数ノ家の子供だよ。年齢は今…二十七歳かな。物作りに才覚がある子でね。ただ…」
「ただ?」
「僕が生まれて五ノ井がどうにかなる前までに、発明品で家を三十回爆破させている…」
「…冗談は、あまりよろしくないぞ三国」
「冗談だったらよかったのにね…。僕が二十歳になる頃、痺れを切らしたご両親に家を追い出されて、以降は積と廃棄区画の境目辺りで発明工場を作って毎日遊んで…ああ、こいつにも会わないといけないのか…」
「災難だな、三国」
「本当だよ…」
しかし、これで協力者三人中二人が積にいることは分かった。
残りは資金援助をした協力者。こいつは流石に核にいるだろう。
僕が相まみえる相手はこいつになるはずだ。
「銀、最後の協力者に関しては…」
「私はその人を見たことがある。私にも凄く優しい人。一月にもこうして気軽に話せるのは、一月がその人と似ているからかも…」
「ほう…?」
「…銀、その人の名前…聞いた?」
三国の問いに、銀は静かに首を横に振る。
でも、僕も三国も…その人物に心当たりがある。
「僕に似ているというのは、外見か?雰囲気か?」
「両方。目の色は違う…あの人は赤目。でも、紫色の髪とか、目つきとかは一月と一緒」
「…」
あの野郎。僕の予算申請はいつも突っぱねてくる分際で、紳也には資金提供か。
「一月、核も僕が行こうか?流石に君も…」
「大丈夫。一ノ宮刻明は僕が相手をするにちょうどいい相手だ。実の親子だぞ。僕が担当しないでどうする」
「…無理しないでよ」
「わかっている。ああ、でも」
「…?」
紳也に金を出し、僕には出さない。
非常に気に食わない…!
「親子喧嘩はしてこようと思う。予算、ちょっとがめてやろうじゃないか」
「…」
三国が雨葉へ縋るような視線を向ける。
今、この場で頼れるのは…彼しかいないのだから。
雨葉は三国に対してにっこりと微笑んだ後…申し訳なさそうに、顔をしかめた。
なんせその隣で、はしゃぐ理一郎がいるのだから。
雨葉一人での保護者役は、荷が重すぎるのだ。




