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博士の愛した研究  作者: 鳥路
第一章:この世界で生きる「もの」たち
16/16

16:十字架と所有者のスタートライン

ドアが何度も叩かれる

他の人間が人造生霊に興味があるのか、一月の研究室の扉を叩く


彼女はゆっくりとした足取りで扉をゆっくり開く


「あ。十六夜博士、さっきのか」

「うるせえ黙れ作業の邪魔をするな。とっとと帰れ無能共」


そう告げた後、扉に鍵をかける

しばらくすると外から罵声が聞こえるが・・・一月は楽しそうにバインダーに何かを書き込んでいくだけ


「成果も上げられない肩書に驕る無能共が。さあ、理一郎。続きをしようか」

「え、ちょ・・・さっき出したばっかりじゃん」

「唾液程度で終わりだと思うのか?ほら、今度は血液だ。早く腕を出せ」

「大丈夫ですよ、理一郎。天井のしみを数えている間に終わりますから」

「あー・・・そういうね?俺、これから何されるんだろう・・・」


宣言通り、あの後一月は理一郎さんの採取に取り掛かっていた

お兄さんの採取を終えた後ともいっていたし、今日で二回目だ

好奇心は彼女にやる気と溢れ出る体力を与えるらしい


「・・・・」

「・・・・」


一方、僕と銀はお兄さんが用意してくれたお茶菓子と紅茶を頂いていた

そこに、会話は一つもない


「お二人とも。紅茶のおかわりを入れたポットとお茶菓子を置いておきますね」


沈黙を破るようにお兄さんが僕たちの方にやってきてくれる

そして持っていたポットと、お皿に乗せられたクッキーを机の上においてくれた


「いいんですか」

「もちろんです。会話のタネにでもしてください」

「いただきます。・・・ん、雨葉、これ美味しいね」

「ええ。栄養食を砕いて作ったクッキーです。お口にあったようでよかったです」


「ぬ。クッキー?」

「博士の分もありますからね。しかし銀さん。俺たちはまだそれを食べていませんよ?味の感想を共有するのは、目の前にいる彼ではないですか?」

「・・・」


お兄さんの言葉に、銀が複雑そうに顔をこちらに向ける


「色々とありがとうございます、お兄さん」

「いえ。では俺は失礼します」


彼は戻って、今度は一月の方に向かう

採取のサポートに向かったのだろう

・・・カーテンが閉められた。これからお見せできないような採取をするんだろうな

なんて考えながら、僕もクッキーを口に入れる

あの栄養食から作られたクッキーとは思えないほど、ホロホロした食感の甘いクッキーだ

久しぶりに食べた甘味に心を弾ませながら、口を動かしていく


「甘いんだね、これ。銀は好きかい?」

「はい。甘いのは・・・好きです」

「敬語じゃなくていいのに」

「・・・そういうわけには」


気まずい空気の中、銀は紅茶を飲んで会話を途中で終わらせる

せっかくお兄さんが整えてくれた場なのに・・・上手くやれないな

もしかしたら僕は、彼女に認められていないのかもしれない


「・・・ねえ、銀」

「なんでしょう」

「僕は君の主人として相応しくないのかな」

「そんなことはありません!」


銀が勢いよく立ち上がる

その拍子にポットが横に傾くが、銀の機転でそれは能力で浮遊し机の上に戻っていく


「そんなことは、なくて、です・・・私が、最初の人造生霊だから、模範にならなければと思って。それに、初めて私は所有される身ですから、粗相があってはいけないと」


理一郎は、幼い子だと彼女を表現した

享年はかなり若いのだろう。姿相応の少女だということは間違いない

ただ、中身はそうとは言えないだろう

最初に目覚めた人造生霊。長い間、この世界でその身のまま過ごしてきたのだろう

そして何よりも「模範」にこだわる姿は、幼いながらに親から向けられる期待を裏切らないように頑張る子供の姿だ


・・・かつての、僕の姿と重なって放っておけなくなる


「模範って何?他があれだよ?君だけが教本通りに生きるの?」

「それは・・・」

「君が描いている僕との理想関係はこれ?」

「違います」

「本当はどうしたい?」

「・・・わからない。仲良くしたいけれど、どういう形がベストなのか、私には答えを出せない」


落ち込む銀に、普段の僕ならかける言葉に悩んで、隠して、口を閉ざしたままだったと思う

けれど、今は違う


「僕もわからないな。仲良くなりたいけれど、どういう風になりたいかはわからないまま」

「・・・貴方も?」

「うん。だからといって、一月のような、浩二のような関係になりたいかと言われたら違うんだ」


椅子から立って、彼女の方へ歩いていく

そして、椅子に座る彼女を見上げるように椅子のそばで中腰の体勢をとった


「僕らは互いに仲良くなりたい。けれど、まだ始まったばかりだろう?どうして行けばいいか道を決められるほど互いを知るわけでもない」

「はい」

「だから、わからない同士さ。互いのことを知りながら一番いい形を探していかない?」

「・・・一番の、形」


「そう。それに君には一番目のプレッシャーがあると思う」

「・・・はい」

「僕はそのすべてを理解することはできない。けれど、せめて君が誇れるような・・・所有者になるよ。他の所有者の一番を目指してみせる。基準は、わからないけどね」


思ったことを口にすると、銀は目を丸くしていた

おかしなことを言ったか不安になると同時に、彼女の表情が大きく動いた


「・・・うん。私も、目指すよ」


ふわりと椅子の上から舞い降りて、僕と視線を合わせる


「何を目指すの?」

「とりあえずは「一番いい人造生霊」。何が基準かわからないけれど、貴方に選んでよかったと言われるような道具になりたい」

「そっか。じゃあ、僕も頑張らないとだね」


手を差し伸べると、彼女は首を横にふる


「理一郎が庇ってくれたけど、きちんと話す」

「その、マントの下のこと?」

「うん。大事な主人に話さないわけにはいかない。信じてくれる人に隠し事をしたくない」


能力でマントを大きく浮かせる

重量感のあるマントの下には、色々なものが欠けた少女の体


「・・・あまり見せたくないだろう?もう降ろして」

「うん。ありがとう」


マントを元に戻した後、銀はゆっくりと自分のことを語ってくれている


「理一郎が言う通りなら、私は三十年前の遺体から作られた人造生霊らしい。腐敗もかなり進んでいて、両腕はないし、右足は隠しているけれどボロボロ。能力を使わないと移動もままならない」

「そっか・・・」

「私の取り柄なんて、能力しかない。それでも、いい?」

「僕が選んだのは君だよ?能力だけなんて言わないでよ。銀」

「本当?」


年相応に笑う銀に、僕もつられて笑ってしまう

その姿は小さい頃、お兄さんの話をする時の一月に重なる


「本当。しっかりものな君を頼りにしているよ。銀。これからよろしくね」

「うん。三国。これからよろしく」


マントの下から、それは出てくる

手が使えない彼女は能力で、媒体である十字架のネックレスを僕にかけてくれた

彼女の名前と同じ銀色の十字架が光を反射した


少しは距離が縮まってよかった。それに、信頼も少なからず築くことができた

僕はこれからも彼女の期待に答えられるように頑張って行こう

胸にかけた十字架にそう誓うように、握り締めた


一方。採取が終わったらしい一月とお兄さんが出てくる


「ぬ・・・三国が幼女たぶらかしてるけどいいのか、雨葉」

「まあ、上手く所有者として契約は結ばれたみたいですから。問題ないですよ」

「そうか。しかし、契約の基準ってなんなんだ?」

「契約はですね、人造生霊が所有者に媒体を渡したことで成立するんですよ」


なるほど。契約って簡単に結ばれるんだ。これも契約の一つ

この十字架も、契約の証。信じてもらった証だ。大事にしよう


「へー・・・しかしそれ、君も理一郎、銀ですらも所有者側に説明してないところには触れない方がいいのか?」

「・・・触れないでください」

「お手伝いに免じてスルーしておこう」

「ありがとうございます」


そうしてお兄さんは試験管を両手に機械の前に向かっていく

・・・ああ、本当に色々なものとられてる

ベッドの上で白目を向いている理一郎から目を逸らしながら、銀と二人再びお菓子を食べ始める


「美味しいね、銀」

「うん。甘くて美味しいね、三国」


こうして、僕と銀の契約は果たされた

少し遅れたが、スタートラインには立てた

後は進んでいくだけだ

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