9話・前夜
帝国に戻り、ヴィエーストはまず父親である皇帝に報告をした。息子の結婚話が立ち消えたというのに、皇帝は嬉しそうに高笑いをしたらしい。
これで戦争が起こせる!と。
そんな父親の姿に、ヴィエーストは更にショックを受けた。傷付いた息子の気持ちより、自身の闘争本能を満たすことにしか頭にない。これでは信じてもらえなくて当前だと落胆していた。
事実、帝国軍はすぐさま兵を集めて隣国に攻め入る支度を始めた。ヴァーロートが増やした魔獣も戦力として数えられている。
これでは向こうの主張が正しかったと言わんばかりではないか。流石にこれはマズい。
魔獣は制御不能の戦力。扱い方や投入場所を誤ればこちらにも被害が出る。それに、彼の国の国民は恐らく最後の一人になるまで戦いをやめないだろう。それほどの勢いがあった。
俺もサキもこの国に養われている状態だ。その基盤が揺らぐようでは困る。
「ヴァーロート、戦争を回避する術はないのか」
「そうは言ってもなあ。父上はこの展開を待ち望んでおったのだ。今更何を言おうと覆りはせん」
「……そうか」
「マサル。おまえにも働いてもらうぞ」
「……わかっている」
戦争に参加するにあたり、帝国軍での階級と部下が与えられた。将軍。俺が軍隊の運用をするわけではないが、とにかく第一皇子の側に付き従うに見合った偉そうな肩書きが付いた。
戦争反対を訴え続けたヴィエーストは幽閉された。
帝都内にある小さな屋敷に押し込められ、見張りが立てられた。逃げようとすれば斬っても構わんと父親である皇帝が指示したらしい。酷い親もいるものだ。
面会に行ったら泣きつかれた。
第二皇子の直訴も聞いてもらえなかったのだ。他の誰が反対しようと皇帝は攻め込むのをやめないだろう。それが分かっているからこそ、ヴィエーストは嘆いた。
すぐそこにあった幸せが音を立てて崩れていくのをただ見ているしか出来ない無力感。その気持ちは痛いほどよく分かる。
俺もそうだったから。
出陣前夜、サキが俺の部屋に忍んできた。
男だらけの兵舎、しかも戦争前でみな気が昂ぶっている。そんな中ひとりで来るのは怖かっただろうに。見送りや激励かと思ったが違った。
「……わたし、これしか出来なくて」
サキは自分の身体を差し出してきた。
これまで使い道のない金をサキに渡してきた。不幸な目に遭い心も体も傷付いた彼女が、せめて金に困ることなく暮らせるようにと思ってのことだ。下心はなかった。同じ異世界人だから。それだけだ。
だが、サキは一方的に施しを受けるのを良しとしなかった。彼女の置かれた状況と性格を考えれば分かることだ。そこまで頭が回らなかった。
その夜は酒に酔っていた。だから、普段なら絶対に突っ撥ねていたであろうその誘いに乗ってしまった。久々に腕に抱いた女の身体は、思っていたよりも細くて柔らかかった。
夜中、外が騒がしくて目が覚めた。
部屋の中にサキの姿がない。慌てて探しに出ると、複数の兵士がサキを捕まえようと追いかけている所だった。どうやら娼婦だと勘違いされているらしい。俺に抱かれるため、普段の薄汚れたものではない小綺麗な服を着ていた。それが一層彼らを誤解させた。
すぐに間に入って止めた。幸いまだ何もされていないようだったが、この出来事は彼女の男嫌いに拍車をかけた。
「一人で出歩いたら危ないだろう」
「……でも、起こすのは申し訳なくて」
「酔って先に寝た俺が悪い。送っていくから」
「……はい」
さっき身体を重ねたとは思えないほど遠慮されている。いや、気を許してもらえていないだけか。
さっきの行為は彼女にしてみればただの返礼で、愛情が通ったものではなかった。俺に借りを作りたくなかったから、自分の差し出せるものを出しただけ。そう考えると更に虚しくなった。
「それと、さっきみたいな真似はもうしなくていい。金は俺が勝手に渡してるだけだし、どうか気にせず使ってほしい」
「でも、……、……はい……」
事後に言っても説得力ないよな。
そう思いながら、彼女を使用人の女性寮入り口まで送った。寮内に入っていくのを見守ってから兵舎に帰り、さっき彼女を追い回していた兵士達を叱りつけた。
次回、第10話『暴露』