6話:羨望
*注意*
性暴力とそれに伴う被害の
表現が少しあります
苦手な方は避けてください
隣国への訪問は無事に終わった。
二国間の政略結婚は両者合意の上で成立。タラティーア姫はまだ若いので、二年後の成婚を目指して今後詳細を詰めていくという話でまとまり、俺達は帝国に戻ることになった。
まるで今生の別れのように手を取り合う二人を引き剥がし、帰路につく。
帰りの馬車内でも、ヴィエーストは初めての恋に浮かれていた。タラティーア姫の魅力を語り、この話を持ち掛けた父親に対して感謝の言葉を繰り返していた。
それだけなら何とか我慢出来たが、結婚話がこちらにまで飛び火してきた。
「ああ、恋とはこのように胸が痛くなるものなのですね。マサル殿は恋をしたことがありますか」
十数年前からたった一人が好きで、今も恋い焦がれてんだよ。隣の国がなんだ。俺なんか住む世界が違うんだぞ。二度と会えないのは遠距離恋愛でもなんでもない。死別と同じだ。
「マサル殿はご結婚されないのですか」
する予定だったけど、こっちの世界に来ちまったから出来なくなったんだよ。もう結婚式当日も過ぎて取り返しがつかねえんだよ放っとけ。
「もし良ければ帝国で所帯を持ちませんか。そうしたら、きっと仕事にも張り合いが──」
頼むから、もうそれ以上口を開くな。
「ヴィエースト」
思わず低い声が出た。すぐ表情を取り繕い、平静を装う。
「慣れない国に訪問して疲れただろう。休憩地点までまだ時間がある。少し眠るといい」
「そう、ですね。……すみません、喋り過ぎました」
いつもと違う雰囲気を感じ取ったか、ヴィエーストはその後一切余計な口を聞くことはなかった。
恋に浮かれて口を滑らすなんざ可愛いもんだ。
だが、その話題を振るな。
いや、ヴィエーストは事情を知らない。年上の俺が独り身でいるのに、自分の結婚話が先にまとまりそうになったから気を遣ってくれただけだ。
コイツは悪くない。
悪くないから憎んではいけない。
羨んではいけない。
帰国後、ヴァーロートに事の次第を報告した。まさかすんなり話がまとまるとは思ってもいなかったようで驚かれた。
「ははぁ、ヴィエーストのヤツがなあ……。しかし不味いな。父上は断られる前提で政略結婚を申し出たんだ。戦争したがってるからな」
「あちらの国王や王妃に会ったが、とても戦争なんかしそうにない温厚そうな人達だったぞ」
「そうか。……で? あちらの王族は本当に白髪なのか?」
真っ先に気にするのそこかよ。
「ああ、王子や姫も見事な白髪だ」
「うへぇ、年寄りでもないのに髪が白いなんて気味が悪いな。そうは思わなかったか?」
だから、赤毛のおまえが言うな。
「いや、綺麗な髪だったぞ。海と空の色に映えて、とても美しい……」
記憶の中のタラティーア姫は、ずっとヴィエーストの姿を熱っぽい瞳で見つめていた。潮風に煽られて舞う長く艶やかな白い髪と澄んだ青い瞳、白い肌。今はまだ幼いが、あれは将来美人になる。
「おまえがそこまで言うとは意外だな。もし結婚したら件の姫君はこちらに嫁ぐことになる。そうなれば俺の義理の妹か。気味が悪いなどとは言っとれんな」
「外見を悪く言うのは失礼だしな」
「それもそうだ。おまえの真っ黒な髪も、珍しいが嫌いではないぞ!」
なんだそのフォロー。
というか、こっちの世界では黒髪は珍しいのか。そういえば、確かに帝都でも隣国でも黒髪は見掛けなかった。ヴァーロートが保護したあの女性も染めてはいたが生え際から黒く戻り、今は毛先に名残りが見えるのみ。
黒髪は異世界人の証。
「ああ、そうだ。前に見つけた異世界人の女だが、おまえ達が留守にしている間に産気づいてな」
「え、もう? 早くないか?」
保護してからまだ二、三ヶ月しか経ってないぞ。腹も膨らんでなかったし、妊娠期間って確か十月十日じゃないのか。
「最後まで聞け。産み月より相当早かったから腹の子は助からんかった。だが女は無事だ。世話役に寄越した侍女の話では、もう動けるくらいには回復しているらしい」
「……そうか……」
流産は残念だが元々望まぬ妊娠だ。ちょうど良かったのかもしれない。出産は命懸けだと聞く。知らない世界で、産みたくもない子を産むために命を落とすなんて馬鹿らしい。
……子供か。
俺もいずれは子供が欲しいと思っていた。でも、それは叶わぬ夢となった。二度と会えないとしても、愛里を裏切るような真似は出来ない。もし何かの拍子に元の世界に戻れた時に、堂々と顔を見せられる自分でいたいからだ。
だが、そんなささやかな誓いすら守れなかった。
次回、第7話『虚無』