14話・条件
ディナルス様からクワドラッド州へ赴くように命じられた。王家の間諜としてということは、噂となっている軍務長官の謀反を確認しに行かせたいのだろうか。
「申し訳ありません。今の私は一介の文官に過ぎません。王家の間者に頼むべきでしょう」
「そうしたいところだが、護衛以外の者はそれぞれ任務で各地に散っている。俺の配下に手のあいた者がおらん」
「……私には関係ないではありませんか」
そもそも、私はディナルス様の部下ではない。仕えている相手はザフィリア様とパルテナ様だけ。しかも、クワドラッド州は遠い上に戦争中である。潜り込んで成果を得るまでどれほど掛かるか見当もつかない。現在任されている仕事もようやく軌道に乗ったところだ。少しずつ改革するつもりで準備を進めていた。途中で放り出すわけにはいかない。
全く従う気のない私の様子に、ディナルス様は小さく息をついた。不敬な態度に呆れているのかもしれない。
「謀反を疑われているのは軍務長官のエーデルハイト卿だけではない。エニア嬢もだ。彼女はまだ俺の婚約者候補でもある。妙な疑いが掛けられていると知っていながら放置はできない。何より、俺は彼らを信じている」
「エニア様の名誉を守るために私に動け、と?」
「端的に言えばそうなる」
しかめそうになる眉を必死に堪え、ディナルス様を見据える。エニア嬢に気があるのか。そうなればザフィリア様との婚約はどうなるのか。師匠はザフィリア様を守るために負傷して現役から退いた。全ては王家と主家ウェンデルバルト侯爵家の婚姻のため。他の令嬢に心変わりをされては元も子もない。
ディナルス様の言葉には裏がない。縁のある者に掛けられた嫌疑を晴らしてやりたい、と純粋に考えているように思えた。
「わかりました。お受けいたします」
「そうか! ありがたい」
了承の意を伝えると、ディナルス様の表情がパッと明るくなった。心底安堵したような顔だ。次期国王ともあろう御方がこのように喜怒哀楽を表に出して良いのだろうか。
「条件があります」
「え、条件?」
しかし、その表情はすぐに曇った。
「私の留守中、王宮内全ての部署の書式を統一してください。原本の案は既にできております。実状と数字を合わせ、差異があるものは受理しないと通達し、実行してください」
「え、何だそれは」
「もともと私がやろうとしていたことです。時間を掛けてゆっくり改革を進めていく予定でしたが、いつ戻れるか分からぬ任務に無理やり行かされるのです。代わりに殿下がやっておいてください」
未だかつて部下に命令してゴネられたり交換条件を出された経験などないのだろう。ぽかんとした顔で私を見つめていたが、しばらくして我に返った。
「もしかして、ものすごく面倒くさくないか?」
「ええ。下っ端の私がやれば数年は掛かりますが、殿下が直々に命じればすぐさま改革は成りましょう。従わぬ者は国の財を食い潰すだけの虫ケラです。どんどん排除してください」
「俺が!?」
「他に誰がいます?」
自らクワドラッド州に赴くわけにもいかず、代わりの人材もいない以上、私に頼らざるを得ない。私を動かすためには条件を飲む他ない。一部の者から恨みを買うと確定している嫌な仕事だ。気乗りしない気持ちは理解できる。
「現在我が国は戦争中です。無駄を無くす良い機会とも言えます。うまくいけば財政に余裕ができますので、軍事や民の救済に予算が回せるようになります。もちろんディナルス殿下はサウロ王国のために御尽力してくださいますよね?」
しばらく苦虫を噛み潰したかのような苦悶の表情をしたあと、ディナルス様は「わかった」と小さく頷いた。
「これで心置きなく出立できます。私が戻るまでに成果を出してください。期待しております」
クワドラッド州に向かう前に新たな書式の予算申請書、請求書の原本を渡し、やるべきことを全て伝える。ディナルス様は「王宮改革と現地調査、果たしてどちらが楽だろうか」と虚ろな目をしていたが、全て無視して押し付けた。




