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13話・開戦

 王宮への出仕が始まった。


 直属の上司となった方は気弱そうな年配の紳士で、自分が引退する前に業務を引き継がせたいらしい。優秀な子が来てくれた!と歓迎してくれた。


「こちらの申請書、計算が……」

「ああ、あそこの部署は毎度ザル勘定なんだ。桁さえ合っていればそのまま通しちゃって」

「同じ予算申請なのに書式が違いますね」

「担当者が好き勝手に書類を作ってるせいだね。慣れるまでは大変かもしれないが、我慢してくれるかい」


 上司はいわゆる『ことなかれ主義』で、他部署の担当者とのやり取りを最小限に抑えるべく、書類の不備などは余程ひどくない限り全て通す方針だった。もうすぐ定年で領地に帰るのだ。残り僅かな勤務期間、揉め事を起こさずに終わらせたいのだろう。


 単なる計算のズレや書式の違いだけならば、私もとやかく言うつもりはない。しかし、いくつかの予算申請には明らかに水増しされた項目があり、正しい用途に使われてはいないと容易に想像がついた。王宮で働いている者は基本的にみな貴族だ。金銭感覚は緩く、細かいことは気にしない。新入りの私が何を訴えようと聞き流されて終わる。まずは職務で実績を積み、その間に不正の証拠を集めることにした。





 その頃、ザフィリア様が正式に次期国王ディナルス様の婚約者に決定した。王妃教育を受けるために週に数日王宮に入り、儀礼のしきたりなどを学んでいる。


 同じ王宮の敷地内だが、私が出仕している議事堂と王族の生活する場所は広い中庭を挟んだ別の建物だ。仕事中にザフィリア様本人と出くわすことはない。


 その代わり、例の令嬢と時折廊下ですれ違うようになった。橙色の鮮やかな長髪を後頭部でひとつにまとめ、軍服を着ている女性だ。嫌でも目立つ。彼女は王国軍に入って僅か二年で大隊を任せられており、部下を引き連れて歩く姿は非常に凛々しく美しかった。


 王国軍での異例の出世の早さに身内びいきではないかとの噂もよく耳にした。現在王国軍の頂点に立つのは彼女の父親である軍務長官だ。要は可愛い娘を要職につけ、ゆくゆくは自分の跡目を継がせたいのだろう、と。僻みにもほどがある言いがかりだ。


「高貴な血が流れていても徳が深いというわけではないらしい。心根は民と同じ。むしろ醜い」


 身分を偽って出仕している手前、私も他人をとやかく言う立場にない。とにかく目の前の仕事を片付け、より円滑な業務ができるように努めるのみ。

  軍務部と文官では直接関わることはまずないが、何かの折りに彼女と言葉を交わしたいと願うようになった。


 その願いは思わぬ形で叶うことになる。隣国との戦争が始まったからだ。ユスタフ帝国の皇帝オーヴォルトは悪名高い人物で、近隣諸国に喧嘩を売っては戦争を起こしているという。我がサウロ王国は守りが固く、挑発に乗るような高官はいない。長年のらりくらりと躱してきたが、ついにあちらが痺れを切らして攻め込んできたという。


 国王は軍務長官エーデルハイト卿に出陣を命じた。彼の領地クワドラッド州がユスタフ帝国に接しているからだ。しかしエーデルハイト卿は最低限の軍だけを動かし、残りは王領と他州の守りに当たらせた。彼女ももちろんエーデルハイト卿と共にクワドラッド州に行き、最前線でユスタフ帝国と戦うことになった。


 しばらくして、妙な噂が王宮内に流れた。



『軍務長官に謀叛の恐れ有り』



 エーデルハイト卿が自身の治めるクワドラッド州内で独自に兵を集めているという。王国軍の師団を連れずに戦争に挑んだのはユスタフ帝国に寝返るつもりか、もしくは戦争の混乱に乗じて王都を攻めるつもりか、と。


 そんな時にディナルス様から呼び出された。王族の居住区に通され、完全に人払いがされている。


「頼みたいことがある」

「お断りいたします」

「俺は次期国王なんだが」

「存じております」

「じゃあ、もっと敬うとかあるだろう」

「お話は以上ですか。では」

「待て待て待て」


 ひと通り無駄なやり取りをした後、ディナルス様は仕切り直して真剣な表情になった。


「おまえの能力を見込んで頼みがある。俺の……いや、王家の間諜としてクワドラッド州へ潜り込んでほしい」

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