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10話・嫉妬

 客間での茶会にディナルス様が加わった。


 居た堪れない気持ちで椅子に座り、歓談するザフィリア様たちの声をぼんやりと聞く。

 未遂に終わったとはいえ、この国の王子を不審者と勘違いした上に刃を向けそうになった。いや、不思議な何かに阻まれなければ、私は王宮内で王族相手に危害を加えてしまうところだった。そんな相手と同じ席につくなど気まずい以外のなにものでもない。

 パルテナ様や師匠に知られればどう思われるか、あまり考えたくはない。貴人の護衛には咄嗟の行動力以上に知識や正しい判断力が必要になる。大きな失敗を経て、それがよく身にしみた。



「そうか。マデリナと同じ学年か」


「ええ、よくしていただいております」


「俺は来年には卒業してしまうからな。学年が違えば校舎も違うし、学院内で顔を合わせる機会はほとんどなさそうだ」


「そのぶん王宮に遊びにきたらいいのよ。ねえ?お兄さま」


「ああ、いつでも来るといい」


「ありがとうございます」



 三人の会話を聞きながら、末の妹姫であるルシオラ様の遊び相手を務める。まだ幼く、うまくお喋りができないルシオラ様は、私の手を曲げたり引っ張ったりしている。


 パルテナ様からは『ザフィリア様は王子の婚約者候補』だと聞いていたが、どうやら既にかなり気に入られているようだ。本決まりしていないだけで、婚約はほぼ内定しているのかもしれない。


 ディナルス様は来年卒業だという。

 ということは、年齢は十五か十六。

 ザフィリア様は十になったばかり。

 年齢差が気にかかるのは私だけか?


 そう考えていると気付かれたようで、ディナルス様が席を立ってこちらへと歩み寄ってきた。

 先ほどのことを思い出し、無意識のうちにルシオラ様を背に庇う。彼のそばに不用意に近付くと『何か』に弾かれるからだ。幼い妹姫を危険にさらすわけにはいかない。


 しかし、今度は何も起こらなかった。



「そんなに警戒することはないだろう」



 そう言われても、どういう原理で弾かれたのか分からないのだから警戒するに越したことはない。一定以上近付かれないよう睨みつけると、ディナルス様は肩をすくめた。我ながら不敬な態度だとは思う。



「……はぁ、面倒な奴だ」



 ディナルス様は呆れ顔で溜め息を吐き出してから、クイッと顎をしゃくって客間の隅にある長椅子を指した。あちらに場所を移せということだ。同じ室内だから、ザフィリア様から目を離すこともなく二人で話ができる。


 彼の後について大人しくそちらへ移動する。



「で、おまえは何者だ?」


「オルニス・リカルド・オルガリエートと申します」


「オルガリエート?……ふむ、なるほど」



 名を告げると、ディナルス様は納得したように何度か頷いた。オルガリエート伯爵家がウェンデルバルド侯爵家の家臣であると知っていたのだろう。私の頭から爪先までジロジロと観察した。学院の女生徒といい妹姫といい、何故こうも見てくるのだろう。



「──で、おまえはザフィリア嬢の何だ」


「仰っている意味がよく分かりません」


「個人的な好意を抱いてはおらんだろうな?」


「はい?」



 何を言っておられるのだろう。てっきり先ほどの無礼を叱られると思っていたのに、その件を後回しにして確認することか?



「ザフィリア様のことは敬愛しております。私が守るべき大切な主人(あるじ)ですので」


「恋愛的な意味ではないだろうな?」


「はあ」



 もしかして私に嫉妬しているのか?

 久々に会った婚約者候補に男が付き従っていたから?

 仕事でやっているのに誤解されても困る。



「おまえは随分と見目が良い。マデリナはともかく、ルシオラがあんなに他人に懐くなど滅多にないからな。ザフィリア嬢もおまえを随分と気に入っているようだし」



 妹姫たちとザフィリア様を取られそうで妬いていただけか。王子のくせに随分と器が小さいな……と考えていたのが伝わったのだろう。ディナルス様は憎々しげな目でこちらを睨み、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。



「それで、お話とは」


「ああ、そうだ。忘れるところだった」



 わざわざザフィリア様たちから離れた位置で話をしたのは牽制のためだけではないはずだ。本人はどうやら本来の目的を忘れかけていたようだが……やはりこの王子はどこか抜けている。



「サウロ王国の古参貴族が魔法が使えることは知っているな?」



 そう尋ねられ、小さく頷く。


 貴族学院に通う生徒はみな貴族の子息だが、その中でも古参貴族の血筋の者は魔力を持ち、魔法を行使することができる。魔法学は古参貴族しか受けない特別授業で、その間魔力をもたない新興貴族の生徒は自習となる。

 私は平民出身だから当然魔力はない。ザフィリア様は古参貴族で、魔法学の授業の間だけは別々に行動している。


 ディナルス様は私の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。



「俺は常に防御魔法で守られている。敵意があるものや武器などの危険物が一定以上近付くと自動で()()なるのだ」


「それは、」



 王族が魔力持ちであることは皆知っているが、どんな魔法を使うのかまでは明かされていない。よほど近しい人物や関係者以外には伏せられているはず。

 今日会ったばかりの私にその話をするのは何故なのか。



「先ほどの身のこなしで分かった。おまえはザフィリア嬢の護衛だろう?ならば知っておいたほうがいい。俺のそばにいる限り、ザフィリア嬢に危険はない」


「……」



 なるほど。わざわざ明かしたのは、ザフィリア様との間に割り込まれないようにするためか。

 確かに、常時防御魔法に守られているディナルス様のそばにいれば他の者から危害を加えられる心配はない。つまり、彼と一緒にいる間は安全だから、護衛が離れていても問題ないと言いたいのだろう。


 だが、貴族令嬢の『身の安全』とは単純に短剣や毒から守れば良いというわけではない。



「いえ。ザフィリア様はまだ結婚前の身。何か間違いがあったら困りますので、私はおそばを離れません」


「なんだと?」



 ザフィリア様はまだ十才と幼い。彼女が貴族学院を卒業するまでは何者からも守り切らねばならない。

 相手が将来の結婚相手であるディナルス様でも。



「……おまえとは仲良くできそうにないな」


「恐縮です」



 引きつった表情で睨まれたが、私は私の任務を遂行するまでだ。

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