3話:葛藤
*注意*
直接的な表現はありませんが
性暴力被害の話が出てきます
苦手な方は読むのを避けてください
ヴァーロートは俺を側に置き、異世界の話を何度もねだった。こっちは正直そんな気分ではないが、機嫌を損ねて追い出されては困る。当たり障りのない程度の話を聞かせるくらいは付き合ってやった。
生活の場は流石に皇帝一族の住む城とはいかない。当たり前だ。自分で言うのもなんだが、どこの誰かもわからんヤツを偉い立場の人間と一つ屋根の下に住まわせるのはマズい。何かあったら大問題だ。
兵士の中でも上級職専用兵舎の部屋をひとつ与えられた。そこそこ広いし、食堂に行けば飯も食える。皇子のお気に入りだと周囲に知れ渡っているので、突っかかってくるヤツもいない。
このままヴァーロートの暇潰し要員として、この国で暮らしていかなきゃならないのか。そう思うと虚しくなる。
こっちの世界に来て数日経った。
本当なら式場で最後の打ち合わせをして、新居で使う家電や食器を買いに行く頃だ。愛里の体を思い切り抱き締め、愛を囁いてるはずだった。
俺が急にいなくなって、元の世界ではどうなっているだろう。職場は混乱していないか。家族は、愛里は泣いていないだろうか。
そんな事ばかり考えていたら眠れなくなった。寝台に横になって目を閉じてはいるが、意識が途切れることはない。疲れで朦朧としている時だけ心が休まった。鍛錬場で倒れるまで身体を鍛え、気絶するように眠る。そんな状態が幾日も続いた。
変化に気付いたヴァーロートが俺の部屋に娼婦を送り込んできた。しなだれかかってきた半裸の女を部屋から追い出し、そのあと情けなさで少し泣いた。
ヴァーロートの気遣いは分かる。
でも、そんな簡単なものじゃない。
帰りたい。
翌日、ヴァーロートはいつものように俺を魔獣の檻に連れていき、魔獣による戦力増強論を滔々と語った。昨晩の顛末は知っているはずだが、娼婦の話には一切触れてこない。時折こちらの様子を窺っているのが分かった。
更に数日後。
俺の時間感覚が確かならば、この日は結婚式当日。愛里と結ばれ、親族友人に祝われる、人生最高の一日になるはずだった日だ。
よりにもよって、そんな日にヴァーロートが寄越してきたのは異世界人の女だった。
「例え一夜の相手でも異国人は嫌だよな。だから、おまえと同じ異世界人を見つけてきてやったぞ。探せば案外見つかるものよなァ」
部下の兵士が引き摺ってきた女は二十代半ばくらい。長い髪の毛先だけ色が抜けている。平民が着るような、ダボッとした粗末な衣服を身につけていた。
俺の前に女を差し出すヴァーロート。気の利いた手土産だと自分で思っているようで得意満面だ。
「ご、ごめんなさい、殺さないで。なんでも言うこと聞く、聞きますから……」
俺と同じ日本人だ。髪の状態からみて、数ヶ月から一年くらい前に転移してきたのだろう。でも、この怯えようは一体なんなんだ。顔立ちは整っているが、頬や身体のあちこちに痣や擦り傷が目立つ。
「……ヴァーロート。おまえ、嫌がる女を無理やり連れて来させたのか?」
怒気を孕んだ問いに、普段口の利き方をたしなめてくる取り巻きの兵士が黙り込んだ。しかし、ヴァーロートは全く気にした様子がない。普段通りの飄々とした態度のまま。
「勘違いするな。ソレは地方の農村で慰み者になっていたのを見つけて保護してやっただけだ。……おまえが要らんというのなら元の村に返してくるが、どうする?」
「い、いや。あそこには戻りたくない!」
泣きながら、女は俺の足に縋り付いてきた。知らない世界に突然飛ばされて、その身一つで辛い環境の中を生き抜いてきたのだ。同郷の人間を見たら頼りたくなるのは当然だ。気持ちは痛いほど分かる。
俺がここで拒絶すれば、この女を待つのは地獄の日々だけ。
「……わかった。俺のところに置く」
そう答えると、ヴァーロートは満足そうに頷いた。
次回、第4話『相違』