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8話・心得

 新たな主人となるザフィリア様の屋敷に移り住むことになった。日々の鍛錬をこなす傍ら、貴族社会で馴染むためのレッスンを受けさせられている。



「オルニス」


「……」


「オルニスぅ〜!」


「……」


「ちょっと!返事くらいしなさいよ」


「失礼しました」



 何度か呼ばれたが、自分の名前に馴染みが無さ過ぎて反応を忘れた。何度呼び掛けても返事をしなかったら、ザフィリア様から背中を力いっぱい叩かれた。師匠の代わりに護衛を務めるからか、何かと気に掛けてもらっているように思う。



「何か御用でしょうか」


「あなたも貴族学院に通うのよね。お勉強はできるの?わたしと常に行動を共にするのだから、あまりにもひどい成績では困るわ」


「はあ」



 貴族の子息令嬢は幼少期から家庭教師をつけるという。英才教育を受けてきた貴族の子どもたちに混じれば、ほぼ独学の自分に勝ち目はないだろう。


 きちんと教師から学んだのはコルネリアの屋敷で監禁されていた頃だけ。それ以外は図書室にあった本を読むくらい。自分が蔑まれるだけならば構わない。だが、仮にも主人である少女に恥をかかせるわけにはいかない。


 という訳で、入学前に試験を受けさせられた。ザフィリア様の専属家庭教師が出した問題を幾つか口頭で答える。



「いやはや驚きました。既に十分過ぎるほどの知識が備わっております。計算や暗記が得意なようですね。これならば問題なく貴族学院に通えるでしょう」


「まあっ、賢いのねオルニス!」



 家庭教師から太鼓判を押されて嬉しかったのか、我が事のように喜んでくれた。しかし「お嬢様も彼を見習ってお勉強を」と言われて小さく呻いている。ザフィリア様は勉強があまり好きではないらしい。


 高位の貴族だというのに、ザフィリア様には少しも(おご)ったところがない。生まれた時から周囲に傅かれ、何不自由なく育てられたらこうなるのだろうか。いや、コルネリアも恐らく大事に育てられたはずだ。歪むのは本人の資質や環境によるのかもしれない。


 元々、言葉遣いや礼儀作法は仕込まれている。

 唯一の不安要素だった学力も問題はなかった。

 後は貴族学院でザフィリア様を守り通すのみ。






 貴族学院に入学する前に、パルテナ様から今後についての話をされた。


「オルニス。貴方には私の家名を与え、貴族学院ではお嬢様のご学友として振る舞い、ひっそりと護衛をしてもらいます」


「わかりました」


「よろしい。表向きの正式な名前は『オルニス・リカルド・オルガリエート』とします。我がオルガリエート伯爵家の血筋の男子で、病気療養のため入学が遅れた……ということになっているわ」



 実際はザフィリア様より二つ年上なのだが、同学年でなければ常時付き従うことはできない。幸い細身で色が白いので、病弱だと偽っても周りは信じるだろう。ひっそり護衛をするのだから、弱いと思われたほうが何かと都合が良い。



「学院では常にお嬢様の側から離れず付き従うように。それ以外は普通に過ごすと良いわ」


「……わかりました」



 貴族の子息の『普通』など全く分からないが、周りを見て倣えば良いだろう。

 そういえば、パルテナ様の屋敷に子どもはいなかった。夫らしき人も見掛けたことはない。オルガリエート伯爵家の家長だというのに結婚はしていないのだろうか。

ザフィリア様はウェンデルバルド侯爵家のひとり娘で、男の兄弟はいない。今のところ参考となる貴族男子(手本)がないが、こればかりは仕方がないので現地で学ぶことにする。



「来週には王都に行ってもらうわけだけれど、何か質問はあるかしら」



 貴族学院は王都にある。通うためには王都に移り住まねばならない。貴族はみな王都に屋敷を持っている。自分もザフィリア様と共にウェンデルバルド家の屋敷で暮らすのだとか。

 しばらくエズラヒル州(ここ)には帰れなくなる。



「あの、お師匠さまは何故ケガを……」



 老いた今でも自分より遥かに強い師匠が子どもの護衛で大怪我をしたという話には未だに納得できていない。護衛をする以上、命を賭して役目を果たすつもりだが、何も知らないままでは危ない気がした。



「お嬢様を襲った犯人が高位貴族の令嬢だったからよ」



 意外な返答だった。

 家臣に命じてやらせるならともかく、貴族の令嬢が自ら凶器を手にする姿など想像できない。手を汚してまで次期国王の婚約者……次代の王妃候補になりたいものだろうか。



「相手に危害を加えるわけにはいかず、ニクソスはお嬢様を庇って短剣をその身で受けるほかなかったの」



 凶器を奪ったり、手放させるためには相手に触れねばならない。単なる護衛の身では、幾らあちらに非があっても無礼を働けば問題になってしまう。師匠は我が身を犠牲にして、護衛対象のザフィリア様と相手の令嬢の安全を優先したのだ。



「私もそのようにしたほうが?」


「いいえ、仮の身分とはいえ貴方は貴族の子息として出向くのよ。よほど身分の高い相手でなければ触れても失礼にはならないわ。だから、お嬢様を守りつつ自分の身も守ってちょうだい」


「よほど身分が高い相手というと……」


「主家であるウェンデルバルド家は侯爵家だから、同格以上には気を使ったほうが望ましいわ」



 それ以外の者は、ザフィリア様を守るために必要ならば多少痛い目にあわせても構わないという。


 ──本当に良いのだろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二章ついに!!! 出だしでまさかこんな幼少時代とは思わずびっくり・・・! あの普段の人柄からよもやこんな壮絶な人生を送ってきたなんて(`;ω;´)しんどすぎる・・・! 辛かった分ここから先…
2022/09/06 20:28 退会済み
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