6話・修行
師匠の元で修行することに決まった。
まず身体を調べられた。幸いどこも異常はなかったが、やや骨が脆いのではないかと医者に指摘された。見た目よりも体重が軽いらしい。成長期にギリギリまで食事を制限されたのが原因だろう。これは身軽に動けるから悪いことではないと師匠から励まされた。
育った環境がああだったから、これまでまともに身体を動かしたことがない。三食しっかり食べ、体調が整うのを待って少しずつ運動を始めた。最初は屋敷の塀の内回りを走った。筋を伸ばしたり、重いものを運んだり。無駄にならないよう、屋敷の下働きをしながら少しずつ負荷を増やしていった。
生い立ちを知っているからか、怖い顔に似合わず師匠は優しかった。無闇に怒られたりはしない。言われたことが出来なくても責めない。その優しい対応が、逆に期待されていないように思えて悔しく思ったりもした。
オルガリエート家で世話になって数年経った。
パルテナ様によると、保護された当時の自分の年齢は六つ。もうすぐ十になる。背は伸びたが、どんなに鍛えても一定以上の筋肉がつかなかった。その代わり、軽業師のように身軽に動けるようになった。
同じ頃に保護された他の少年達はたくましく成長し、それぞれ王国軍の兵士や伯爵家の騎士を目指して鍛錬を積んでいる。自分の細腕では重い武器を持つには向いておらず、そちらの道は断念し、師匠と同じ道を歩むことに決めた。
伯爵家の隠密。
高位貴族はみな子飼いの隠密を抱えている。師匠もその一人だ。怪我を機に第一線を退き、現在は後進の育成係を務めている。
暗器の扱いも教わった。主人が危機に陥った時、敵を打ち倒すのも隠密の役目。力がないから、より軽く扱い易い武器を選んだ。
飲み込みが早いと師匠から褒められる度に父親のことを思い出した。僅かな時間だったが父親と過ごすのは嬉しかった。師匠と共に過ごした時間の方が長くなってしまったけれど、生涯忘れることはないだろう。
「ヴェルダード家を取り潰すことになったの」
修行の様子を見に来たパルテナ様からそう告げられた。
幼い子供を攫い、玩具にしてきた貴族女性たち。それぞれ裁きを受け、反省している者は謹慎程度で済んだらしい。しかし。コルネリアだけは頑として非を認めなかった。
彼女はヴェルダード家の一人娘。然るべき家柄の貴族から婿を貰って跡を継ぐはずだった。だが、既に家庭を持っている平民の男を無理やり拉致し、子供を監禁し、解放を訴える妻を処刑した。後に事実を知ったインテムの民がヴェルダード家に猛反発し、暴動が起きたという。
これを抑えるには元凶となったコルネリアをどうにかするしかない。本人に反省するつもりが微塵もない以上、このままヴェルダード家がインテムを治め続けることは不可能。娘の監督不行届の罪で、任せていた領地は没収となるのだとか。
「ヴェルダード家にはコルネリアとルキウスさんとの間に授かった子がいるの。貴方の腹違いの弟になるわね。母親には育児を任せられそうにないし、伯爵夫妻は高齢だし、子供には罪はないから養子に出そうと思って」
「そうですか」
「会ってみる?」
「いえ、結構です」
少し前まで存在すら知らなかったのだ。興味もない。それはあちらも同じだろう。どこかで平穏に暮らしてくれればいい。
この返事も予想通りだったのか、パルテナ様は小さく息をつくだけでそれ以上言ってはこなかった。




