5話・思惑
「──ねえ貴方、うちで働いてみる?」
パルテナは身を乗り出してそう言った。
意味が理解出来ず、無言で彼女の目を見返す。どうやら本心から言っているのは間違いないらしい。
「他の子達はすんなり行き先が決まったんだけど、なんか貴方だけはどこもしっくり来ないのよね。顔立ちが綺麗過ぎるからかしら。奉公先で何かあってもいけないし、かといって放っておくわけにもいかないし」
父親のようにならないよう気を遣ってくれているのだ。顔だけは似ているし、成長と共に厄介な事態にならないとも限らない。それくらいならば、目の届く場所に置いておいた方がいいと思われたか。
「それもあるけど、貴方は普通の子と違うわ。肝が据わってて冷静だし、それに賢い。ちょうどこういう子を探していたのよ」
パルテナは悪戯っぽく笑った。
他の少年達は面談で泣いて取り乱したが、最初から最後まで淡々と話を聞いていたのは自分だけだったらしい。
彼女の思惑がなんであれ、どうせ行くあても帰る場所もない。まだ一人で生きていける年齢でもない。従うしかない。
「わかりました。お願いします」
「それじゃ決まりね! 早速貴方の師匠を紹介するわ」
パルテナの、綺麗に手入れされた指先が机を二回弾いた。乾いた音が室内に響く。次の瞬間、彼女の背後に黒装束の男が姿を現した。これには流石に驚き、座っていた椅子から少しだけ腰を浮かせてしまった。
黒装束の男はかなり年配に見えた。短く刈られた赤茶の髪には白いものが混じっている。顔に刻まれた皺も深い。体は引き締まり、無駄な肉は一切ついていない。なにより、眼光が鋭い。
「貴方にこの子を任せるわ」
「……まだ幼子ではないですか」
「あら、若いうちに鍛えた方が上達が早いんじゃないかしら」
「……、……まあ、わかりました」
渋々ながら、黒装束の男はパルテナの指示に従うことにしたようだ。それはつまり、自分がこの男の弟子になるということだ。
「お師匠さま、ご指導お願いいたします」
椅子の横に立ち、深々と頭を下げる。それを見てパルテナが肩をすくめ、黒装束の男に笑いかけた。
「──ね? 他の子と違うでしょ?」
「はは、確かに」
パルテナは命の恩人だ。師匠の雇い主でもあるし、今後は『様』を付けて呼ぶことにする。そうしなくては、他の者たちに睨まれてしまうからだ。
パルテナ・シュスト・オルガリエート。
サウロ王国の東に位置するエズラヒル州を治めるウェンデルバルド公爵家に仕えるオルガリエート伯爵家の女当主。これまで見てきた貴族の女性とは異なる印象を受ける。パルテナ様は人情に厚く、家臣から慕われている。
今回の摘発は偶然などではなかった。
「実はね、王子の婚約者候補にウェンデルバルド家のお嬢様の名前が挙がっているの。そんな大事な時に領地で不祥事があれば、お嬢様は候補から外されてしまうわ。だから目を光らせていたのよ。……でも、そういう事情がなくても常に気を付けていなくては駄目ね。貴方のご両親を不幸にしてしまったもの」
「……」
両親の件はパルテナ様に非はない。悪いのはコルネリアだ。しかし、彼女は責任を感じている。贖罪のつもりか、身寄りのない自分に対して何かと気を使ってくれた。




